はた迷惑なスキンシップ










クラスは別れてしまったけれど、それなりに交流のある元クラスメイトの元へ田端が向かったのは放課後のことだった。
がら、と思いドアを開けると外を見ている元クラスメイトの一人、市ヶ谷が視界に直ぐはいる。
もう一人の元クラスメイトはもう帰宅しているようだった。

「市ヶ谷ー帰ろうぜ」
「俺、日直だから日誌書いたらな」
「ふーん。で、なに見てるんだよ」
「墨村」
「墨村?」

田端が窓から外を覗くと、下校中の沢山の生徒が校門へ向かって歩いていた。
その中には、田端の元クラスメートである墨村良守も。
しかし、その彼は他の生徒とは少し違う所がある。

「相変わらずふらついてんねぇ」
「今日は体育があったからな」
「ふーん。頭、また悪戯されたんだ」

ディバックの肩ベルトを掴み、ふらふらと歩いているその頭には遠目からでも分かる髪留めによる芸術的なまでの悪戯が施されていた。
それを何人かの女の子が見て笑っているが、当の本人は気にしていないというより気付いてないようだった。
上からでは表情は見えないが、恐らくほぼ目を瞑っているのだろう。
どうやって怪我もせず自宅に戻っているのか田端達には理解不能であるが、それはいつものほほえましい風景で。
けれど、そのほほえましい風景の中に異様なものを田端は発見した。

「市ヶ谷、校門にへんなのがいるぞ」
「なんだあれ」

田端が指さした先には、着物を着た坊主頭の男が一人、校庭に向かって立っていた。
先程までいなかったはずなのは確かである。
誰かの父兄だろうが、上からでは人物の雰囲気が伺えない。
ただ、その人物が見ている先にはなぜか。

「墨村を見ているように…見えるんだけど。田端はどう思う?」
「……それっぽいな」
「でも、墨村は気付いていないらしいぞ」

今時着物、そして坊主。ついでにどうやらガタイもいいらしい。
陶芸家、書道家、その類でなければその筋の人間だろう。
それ以外のことは田端達にはわからなかったが、普通じゃないその佇まいに校庭を歩いていた生徒はほぼ全員立ち止まり、その男を見ていた。
只一人、墨村良守を除いては。

「まっすぐ、行くと」
「あー…」
「ぶつかるぞ、あれ」
「あ」

ふらふらしながらも、真っ直ぐ。
それはそれは真っ直ぐ歩いていった彼は案の定、その男に衝突してしまった。
けれど、それでも彼、万年昼寝状態の墨村は起きていない様子である。
男は墨村の肩を掴み、どうやら呼びかけているようだ。

「知り合い?」
「かもな」
「データにはないのかよ」
「んーメモはしてねぇなぁ」

暫く眺めていると、突然墨村が後ろへ飛び跳ねた。
覚醒した様子だが、いつもスローな彼にしては動きが良すぎて田端も市ヶ谷も驚く。
菓子と幼馴染み、ついでに美術以外に興味を示さない、無関心な墨村が警戒なのか、驚きなのかわからないが、何かしら男に敵意を向けているように見えたのだ。
男はそんな墨村を意に介した様子はなく、向かって右手を掲げ、挨拶をしているようだが墨村は怒鳴っているようで、生徒が遠巻きに見ている。
それが続き、そろそろ市ヶ谷が心配になってきたころ、急に男が墨村の右手を掴んで引き寄せた。
小柄な墨村はそれだけで男の胸元に転がり込み、男はさらにまるで泣いている子どもを落ち着かせるかのような仕草で数度、墨村の背中を軽く叩く。
けれど、墨村は左手を使って男を突き放した。
右手は繋がったままで、それを墨村が振りほどこうと一生懸命になるのだが男は一向に離そうとしない。


「うわ」
「あれ、そろそろ先生も気付くんじゃ…」

ケンカになりはじめたのか、それなら体格の小さい墨村は明らかに不利だろう。
先生達に見つかって騒ぎが大きくなるかも知れないな、と友人らしい心配をしながら、そろそろ駆けつけてやったほうがいいかもと田端達が思った時。

「うお。誘拐?」

何か、二言三言男が墨村に声を掛けただけで、墨村は急に大人しくなり、繋がれた右手のまま校門を出て行った。
心なしか、足取りが軽いのはどういうわけだろうか。
それは校内から見ていた田端達にはわからない。
恐らく校庭にいた生徒達もわかっていないのだろう、暫く誰も校庭から出なかった。
きっと、校庭は今うるさいんだろうなぁと思いながら、田端は誰か知っている人物がいないかを探す。
詳細までとはいかなくても、その男の情報が知りたいと思ったのだ。
墨村に聞くのが一番早いのだけれど、気まぐれで言いたくないことは決して口にしない墨村が答えてくれるかわからないのを田端は今までで十分わかっている。

とそこまで思い、ふと田端は思い出した。
初めて墨村と会った時、挨拶代わりに聞いた家族構成を。
ぶっきらぼうになり、嫌がるのでその先は聞かなかった。

「あいつ兄貴、いたよ。確か歳が離れた」
「それ、早く思い出せよ」
「いや、だって。あいつ話すの嫌がってたからさー外見とか知らないんだよ」
「仲が悪い…っていうわけでもなさそうだけど」
「たしか、家をもう、出てるって言ってたぞ」
「ふーん…まぁ、あれだな。わざわざ学校で、大げさなスキンシップだな」
「はた迷惑なくらいにな」

眼下の、未だざわめきだっているような生徒達に田端は同情した。
きっと次の日、墨村についてのいろんな噂が立っているだろうことにフォローする気も起きない程に。
















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他人視点って難しいです……。



07/11/21


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