こんなクリスマス
10日ほど前に、兄貴からメールを貰った。
「メリークリスマス」
仕事を少しだけ早めに切り上げて、風呂に入って着替えて温かい格好で温めたコーヒー牛乳を飲みながらぼーっとしはじめて暫く経った頃、後ろから声を掛けられる。
壁に掛かった時計で時間を見ると、もうすぐ朝になる時間。
「遅せぇ」
「ごめん、ごめん」
普通の着物で現れた兄貴は、すこし疲れているようだった。戦闘用の装束じゃないけど、こんな時間まで仕事だったのだろうか。
人のことは言えないんだけど、無理をしてるんだろうと眉を顰めると、別の意味で取られたのか、明日学校なのにごめん、と言われた。
訂正するのもなんだか癪で、そのままの意味で返すことにする。
「もう冬休みだって。で、これ父さんから弁当」
「父さんに言ったの?」
机の上に置いていた風呂敷を差し出すとその大きさに兄貴が驚いた。
それに俺がふん、と鼻息で返す。
「ったりめーだろ。五つも六つもケーキ焼いてたらジジィに喰われるから説明しねーと。それに材料だって先に父さんに買って貰わないといけないし」
「あ。じゃあお金、」
「父さんが受け取るなって。んで、クリスマス用だから弁当の中身はチキンとか揚げ物が多いって」
「そっかぁ。お礼言っててよ」
「っつか、もっと顔出せよコラ」
ははは、と誤魔化す兄貴はホントは頻繁に帰宅している。
だけれどそれは夜中に俺に会いに来るだけで、他の家族に会ってのんびりするほどの時間はないようで。
俺は会えてるけど、父さんはそれを知らないからなんだか父さんに悪いような気がする。
すんごく心配しているのに。
「で、さ。肝心のケーキは?」
にっこーと嬉しそうな顔をして兄貴が尋ねてきた。
そう、今回兄貴が帰ってきたのはケーキを受け取る為だ。
数日前兄貴から貰った携帯に、兄貴から「子ども達のぶんだけでいいから、ケーキを作ってくれないか」というメールが入った。
小さな子どもだけなら人数は少ないんだけれど、影宮や俺くらいの歳のも入れると結構な数になるらしい。
夜行はちょっと貧乏らしくて、そこらへんでそんな数のケーキを買うのはちと高い。んだけどクリスマスにケーキがないなんて淋しい思いを子どもにさせたくない。で、そこらの店と遜色のない俺のケーキを、と言われたら断れない。
人数を聞いて、「大丈夫か?」と言われたんだけれど、兄貴が来ると言った24日はもう冬休みだったから朝から焼けばそんくらいどうってことない。
それに今忙しいらしい兄貴に会えるんだから焼くに決まってる。…言わないけど。
で、OKを出したら俺の仕事が終わった頃に行くと言われた。それは長居ができないと言うことで、父さんも会えないなぁと残念がっていた。
そんなわけで、俺は朝からウチ用、時音用、夜行用とで六つも大きなケーキを焼いた。どれも力作だ。それらの中から、四つ夜行用を取り出す。
全部一応専用の箱に入れていたのだけれど、説明の為に箱を開けた。
「おお、全部違うんだな」
「ったりめーだろ。まず普通のクリスマスケーキ。んでクリスマスチョコレートケーキ、ブッシュド・ノエル、そんでとっておきのショコラ・グランマニエだっ。どれもサンタさんを乗せた」
腕の見せ所、と思った俺は普通のクリスマスケーキではもの足りず、得意のチョコレートケーキを焼いたのだ。ショコラ以外は中にフルーツが沢山入ってる。ショコラは生クリームが苦手な子どもがいたら、と思い作った。一応アレルギーの類はないと聞いていたから、ちょっとだけ中に入れているけれど、これくらいなら大丈夫だろう。そんでチョコレートでコーティングしていて、実は一番の自信作。
サンタのマジパンやチョコレートの飾りもついでに作った。こういうのは得意なのだ。
それらを見て兄貴が満足げに笑う。
「うん。美味しそうだなぁ。味見したいけど子どもたちのだから残念」
甘いモノ好きな兄貴は心底残念そうだった。
それを見て俺は、冷蔵庫からもう一つ取り出す。
「なにそれ」
兄貴の前にことり、と置いたそれは小さい、手のひらサイズのグランマニエ。つまり、一人分。
「…兄貴用。今、食べるなら紅茶入れるけど?」
少し偉そうに言うと、兄貴はちょっと驚いてから苦笑して、頂きマス、と言う。
椅子を引いて座った兄貴に背を向け、電気ポットから既に茶葉を入れていた、耐熱ガラスでできたティーポットに湯を入れる。絶対兄貴は食べるって言うと思ってたから準備は完璧。
ティーカップにも湯を注いで温めて、兄貴の所へ運ぶ。
「レモンとかミルクとかは?」
「ん、いいよ、普通ので」
暫くしてカップに注ぎ入れ、砂糖と一緒に置いた。
兄貴は一杯だけ砂糖を入れてかき混ぜる。視線はケーキに釘付けのままだったので、少し良い気分になる。
「このケーキ、なんていうの?」
「グランマニエ。さっき見せたケーキのあまりで作った」
「あまり、なの?」
「…あまり、だよ」
クスリと笑った兄貴に気付かないふりをして、ケーキを底の広い紙袋に入れた。
それから俺も兄貴の向かいに座って兄貴が食べるのを見る。
嬉しそうにケーキを口に運ぶ兄貴を見て、小さいのも焼いていてよかったなと思う。
子供用とは言ってもどうせ兄貴も食べるだろうと言うことは分かっていたけれど、渡してさよなら、っていうのはなんかイヤだった。
「ん、うまいな」
「当然だろ」
喜んで貰えるのは作り手として一番の喜びで。
だけど相手が兄貴じゃ素直にはできないから、そうやって偉そうに言うと兄貴が俺の頭を撫でる。
俺だったらテーブルの反対側まで手が届かないのに、と悔しくなって兄貴を睨むと手が外されて、少し残念に思う。
無くなったぬくもりは、けれど俺の全身に広がったみたいで、冷めたコーヒー牛乳で慌てて冷やすことにした。
「ああ、そうだ。クリスマスプレゼント」
「へ?」
「だって、作ってもらったからね」
ジジィの所為で、墨村家にはクリスマスはない。だから俺はサンタさんが居るなんて思ったことがないし、俺がケーキを作るようになってようやく利守もクリスマスにケーキが食べられるようになったのだ。だから、兄貴からっていうより、クリスマスプレゼント自体初めてで、それが兄貴からで。
なんだろうと高鳴る鼓動を押さえながら思うと、兄貴は足元に手を伸ばした。
どうやらここに来て直ぐ隠したらしい。
兄貴がでっかい銀色の袋を机に置く。小さいものかと思ったらでっかくてびっくりした。このサイズは製菓用品じゃないなぁ。
目線で開けて良いのかを問うと頷かれた。
真っ赤なリボンを外して中に手を入れて触ってみるとふにゃりとして、且つ冷たい感触。
引きずり出して現れたそれは、真っ赤なクッション、で形は。
「…ハート……、って、はあ?」
「いいだろーそれビーズクッションって言ってな。まぁホールケーキの1つ分くらいの値段だから安くてごめんな」
両手で抱える程でかいそのクッションの中身がビーズなのか。やらかいけど、ビーズなんだな、よくわからないけど、相場なんてよくわかんないんだけど、なんかクッションにしては高い気がするんだけどそれよりもなんでハートで真っ赤なんだよコンチクショウ、バカ兄貴。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「良守」
「そーじゃねぇっハートってっ」
「声デカイよ」
指摘されて、確かにと思い防音結界を張る。これで思う存分怒鳴れる。
右手でそれを抱えたまま怒る。
「お前俺をバカにしてろだろ!?」
「してないよ、だってそれ良守に似合うから」
「男の俺が似合うかっ時音の方が似合うだろっ!」
「え、なに時音ちゃんにあげろって?やだよ、勘違いされるじゃん」
「あげろなんて言ってねぇ!」
ぜーぜーと息をつくと兄貴が溜め息を吐く。
それにビクリとからだが揺れたのを自覚して、クッションを抱きしめることで誤魔化す。
「まぁ…なんかこれ気持ちいいけどっ」
「だろー?っていうか、やっぱりお前かわいい。そのサイズにして良かったぁ」
「かっ、かっかわっ」
「ん?かわいいよ。あ、そろそろ帰らないと」
かわいい、と言われて動揺してしまった俺を横目に、兄貴は外を見る。
空が白くなりかけて、そろそろ朝だと告げていた。
兄貴はもったいないなあ、と言いながらケーキをさっさと平らげ、ケーキを入れた袋を両手に持つ。
「ケーキありがと。また来るから」
「え、ちょ、折角だし父さんが起きるまで待ってれば、」
「んでも、蜈蚣がもう来る頃だから」
言うが早いか、兄貴はキッチンにある裏口を開けた。草履は、と思うと懐から出してきた。
お前は秀吉か。あ、でもあれは信長の草履で…と思っていると、兄貴が俺の額に軽くキスをして。
「じゃあな、今度はゆっくりする」
「…おう」
「ちゃんとそのクッション、使ってくれよ」
「…ん」
裏口の扉の向こうに、蜈蚣さんが到着した。丁度良いなと、兄貴が出て行く。
俺も外まで見送って、蜈蚣さんに目を剥かれてなんだと思ったら、真っ赤なクッションを抱きしめたままだったことに気付いた。
全くもって恥ずかしかった。
兄貴を見送ると、急に眠気が襲ってきたので折角だしこのクッションを枕にしようと、キッチンを軽く片付けてから自室に向かう。
クッションに頭をのせると少し柔らかかったけれど、中のビーズが擦れる音が気持ちよくて、こんなクリスマスも慌ただしいけれどよかったかもしれない、と思いながら眠りに入った。
起こしに来たジジィに、「なんじゃその女々しい枕はっ」と怒鳴られるのは、数時間後だった。
…全くもって恥ずかしかったじゃねぇか、バカ兄貴め。
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ロマンチックじゃないです、でもそんなのもアリかなぁと。
年末は兄貴は忙しそう。書類提出とか。来年度の予算を一円でも多く勝ち取る為頭を捻ってたり。
っていうか、内容がロマンチックなじゃないからクリスマスの背景画像が似合いませんで。和風なものからっぽいのないかなぁ…と探してみました。あったよすごい…。
07/12/24
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