パラレル・ラブ
烏森が消滅して一年が経ち、良守は高校三年生になっていた。
既に烏森学園高等部に進学していた良守は、「折角だから」という父の言葉に従い、卒業はすることにしたが、その後の進学は製菓の専門学校に決めている。
どこがいいかはまだ選定の途中だが。
隣の幼馴染みは大学へと進み、そこで彼氏ができたのが半年前。
それを知った良守は大層、失恋に心を痛めたが、「お菓子の城をつくる」という目標は既に時音から独り立ちしており、パティシエを目指すことで立ち直った。
長男である正守は、変わらず夜行の頭領をやりながら、それでも危うかった烏森を沈めたと言うことで裏会でも確固たる地位を築きつつある。
烏森はもうないのだから帰ってこいという祖父の言葉に首を横に振りながらも、以前よりは帰省回数が増えた。
最も、それは弟の良守を仕事場に連れ出す目的が主で、帰省はそのついでのようだった。
烏森が消滅してから、正統継承者であった良守の力は少し落ち着いてはいるが、その力の源は烏森ではなかったらしく、未だ術者としての力は群を抜いている。
それ故、コントロールさえすれば術者として仕事ができるということで、暫くの舵取り役もかねて兄が色んな妖退治へと連れ出しているのだ。
本人は、あくまで副職だからな、と言っているが身体を動かす習慣が無くなったのはストレスでもあったらしくたまの要請だしと素直に兄について行っていた。
また、跡取りについて良守は正守を、正守は利守を、利守は自分以外をと押し付け合いになっていた。利守は術者としての家系を考えると力のない自分は駄目だといい、良守は製菓を勉強するんだといい、正守は自分は家を出たし、末弟ならしっかりしているからという。
繁守はどの孫も愛おしかったから、誰かが継いでくれるならそれでいいのだけれど、果たして自分が生きているうちに跡取りが決まるだろうかと悩んでいる。
母、守美子は相変わらず各地を旅し、それでも正守程ではないが帰宅する回数は増えたことに父、修史と利守、良守が喜んでいる。
烏森が無くなった今、確かに墨村家は平和だった。
のだけれど。
「父さん、良守は寝てるの?」
妖退治は夜が基本である。よって、烏森がなくなった今でも良守は仕事が入ると昼寝を欠かさない。だから当然そうだろうと帰省したばかりの正守は父に聞く。
けれど、修史は困った顔をした。
「部屋にはいるんだけどね…ちょっと、出先でなにかあったみたいなんだよ」
「出先?」
「うん。お菓子を教えてって言われたんだって」
良守は学校でもその腕を披露しているらしく、よく女の子から作り方の教授を頼まれる。
烏森学園には一応料理部なるものがあるのだけれど、お菓子だけ作りたいという良守は入部していなかったので、当然学校の調理室は使えない。よって、使うのはその女の子の家のキッチンなのである。
それを知っていた正守は眉を一瞬だけ顰めたが、父には笑顔を向け、良守の部屋に行くことを告げた。
烏森の消失と共に、兄弟間の確執も消えかかっていると認識していた父は、それをとても喜んでいたけれど正守はそんな父のことは直ぐに頭から消えてしまっていた。
「良守、起きているのか?入るぞ」
良守の返事も聞かず、正守は良守の部屋へと侵入し、襖を閉めてから部屋全体を覆う結界を作る。
良守は布団の中で丸まっていた。襖に足を向けていたので正守から良守の顔は見えない。
「良守、寝てないだろ」
気配で起きていると分かった正守は、布団を剥いで良守の腕を引っ張った。
抵抗を予測していたのに、良守は逆らわず身体を起こす。
「良守?」
俯いたままの良守には覇気がなく、どうしたのかとイヤな予感に正守は顔を覗き込んだ。
泣いている様子はなかったが、酷く落ち込んでいるようである。
弟の身に何が起こったのか、正守は肩を掴みどうしたのか尋ねた。
それに視線を横に流し、逡巡しながらも良守は口を開く。
「兄貴が……、から…」
「聞こえないよ」
あまりに小さい声で、俯きながら言われた為正守には聞き取れなかったが、そういうと良守は顔を上げてキッと正守を睨み付ける。
「兄貴が、変なこと俺に教えるからっ!」
「変なことって?」
「だから、き、キス、したり……その、……」
「エッチなことしたりってこと?」
「!!っそ、そうだっ!」
半年前、良守の初恋の相手である隣の幼馴染み、時音に彼氏ができたとき、良守は激しく落ち込み、菓子作りもせず、仕事などすることもできない状態だった。
良守の長年の恋心は家人の誰もが知っているほどで、誰も慰める言葉が見つからず、父が頼ったのが正守だった。正守なら良守の力になってくれると思ったらしい。
正守は良守を三日程連れだし、戻ってきたときには少しではあるけれど良守は立ち直っていた。それからも、暫くの間正守は良守を連れ出し、気分転換をさせていた。どうやらケーキなどを食べさせていたようで、良守はさらにパティシエへの夢を頑なにし、失恋のことは忘れたかのように日々お菓子作りに精を出していたので父も祖父も正守に感謝した。
それが、表向きの良守の失恋騒動だった。
けれど、実際は。
「だって、お前がだだ捏ねるから。それにずっと嫌がらなかったのに、今更どうしたの」
正守は話を聞こうとしない良守を強引に連れ出して、ホテルに軟禁し、洋菓子を与え懐柔した上で、時音に向けていた目を他のモノに向けるようにと言った。
他のモノって、と聞いた良守に正守はにやりと笑って軽いキスをした。
『こーゆーこと、女の子としてみたくない?』
そう言った正守に良守は呆けた顔を向け固まってしまったので、少し考え込んだ正守はそのまま良守を押し倒し、下半身をまさぐってイかせてやった。人の手で達したのは初めてだったのか、良守はその気持ちよさに抵抗などできなかった。
それから、良守を家に帰すまで正守はホテルで性知識が皆無だった良守に様々なことを仕込み、
『誰かとこんなことしたいと思うまで、俺がしてあげるよ』
と言い、良守は頷いた。
正守は良守が時音に恋心を抱く前から良守に執着していた。それは兄弟としてではなく、いつか烏森から弟を奪い、この手に抱きたいという欲望だったのだ。
だから、烏森にかまけて年相応の性に対する行為や知識がなかった良守の身体に快楽を強引に教え込んだのは思いつきではあったけれど、計算もあった。若い身体が快楽を知れば手放せなくなる。正守は身体から徐々に良守を支配し、長い時間を掛けて良守の方から離れられないと思わせようと思っていたのだ。
それから良守は正守が帰省するたびに、連れ出す度に行われる行為に否とは言うことはなく、失恋の痛手につけ込んだとはいえ同意の筈だった。けれど、今頃嫌がりだすなんて、と正守は思う。
「もしかして、他の、俺以外の誰かとこういうことしたくなったのか?」
顎に指をかけ、意図せずとも正守は顔を持ち上げながら険呑な声を出してしまう。半年もの間、最後まですることなく、ただ良守の快楽だけを優先して、正守に夢中になれるよう自分は我慢していた。ゆっくりと手に入れようと、今焦る訳にはいかないと。そうしてまでも手に入れようとしていたモノを、今更手放せる訳がない。
けれど、良守は涙目になりながら違う、と叫ぶ。
「良守?」
「おまえが、変なことするからっ」
「だから、なに」
「俺、結婚できなくなったかもしんねぇっ…」
「……は?」
できないもなにも、させるつもりがなかったのだけれどと正守は心の中で思う。
けれど、その場しのぎの言葉だったのだが弟が他の誰かを見つけるまで、と正守が最初に言っていたので、良守はいつか正守との関係には終わりがあり、その後は女性とするのだと思っていたのだ。
「なにがあったの?」
けれど、「結婚ができない」と言うからには何か心境の変化があったのだろう。
正守は身体を手なずけてから徐々に心を、と思っていたので、ここにきて予想外のことになり少し焦る。
そんな正守に気付くことなく良守は唇を噛みしめた。
「今日…ケーキの作り方を教えてって…言われて」
「うん、聞いた。父さんが良守の様子がおかしいって」
何か、あったのだろう。
その相手の家で、何かが。
良守自体には自覚はないが、正守の弟なだけあってそれなりに見栄えよく成長し、正守程ではないが身長も伸びた今、同じ歳の女の子から好評を貰っている。それだけでなく、良守は異性には優しいし製菓も上手でとなればもてない訳がない。
本人に自覚がないのはそれだけ隣の幼馴染みに執着していていたという証拠だが、正守は今はもう彼氏を作り、正統継承者として良守と同じ立場を分かち合うこともない彼女より、何も知らないそれらの女の子を警戒している。
だからこそ、彼女たちが良守に決定的な迫り方、つまりキスだのセックスだの、性的なアピールをしてくる前に手をうった。
それなのに、と思わず正守は顎骨を噛みしめ、ぎりと音を鳴らす。
「ケーキを…オーブンレンジに入れて一息ついたら…そのキ、キスされて…」
やはり、と正守は怒り心頭に震え、拳を握りしめた。
けれど、いつのまにか下を向いていた良守は気付かない。
そして正守も気付いていない。
良守は「結婚できない」と言ったことに。
「それ、で?どうしたんだ?」
怒りに震える声を抑えながら呟かれた兄の低い声に、良守は黙り込む。
けれど、もう一度促され、躊躇いながらもそれを口にした。
「気持ち悪くて…逃げてきた」
「は?」
予想していなかった言葉に正守はぽかんとしたが、良守は自分の言ったことに正守が呆れたのだと取り、顔を上げる。そこにはやはり呆気にとられている正守がいて、良守の目がつり上がった。
「んだよ、お前のせいだろ!?おまえが、俺にあんなことするからっ」
「いや、ちょっとまって、」
怒りで良守は枕を正守に投げつける。
それを受け取りながら正守は言われたことを脳内で整理しようと必至だった。
けれど、それができず、つい口走る。
「お前、女の子とのキスができなかったの?俺の所為で?つまり、俺の方がよかったってこと?」
「っ!!そーだよ!!おまえのせいだーーー!どうしてくれるんだっ」
自分が言ったことだけれど、正守から確認されると一気に羞恥と情けなさが襲ってきた良守は正守から枕を奪い返し、それを抱きしめて顔を埋める。
それを見つめながら、正守はやっと理解しはじめる。
良守は結婚ができないかも知れないと言った、それも正守の所為で女の子とキスできなくて。
正守は自分が思っている以上に良守の心を支配していたのだ。
そしてそれを良守も自覚した。
あとは、言葉を引き出すだけ。
そう思った瞬間、正守は嬉しくて笑みを零す。
笑い声が聞こえたのに、バカにされたと思ったのか勢いよく良守が顔を上げたが、そこには見たことのない兄の満面の笑みがあった。
「兄貴?」
「ん?」
「なんで、そんな、顔すんの」
「どんな顔してる?」
どんな、と言われてもと良守は思う。
兄は自覚していないのだろうか、あんな嬉しそうなのに。
嬉しそう、なんで?
自分が感じたことなのに、その理由がイマイチ良守にはわからない。
頭を捻りだした良守に、正守は言葉を引き出すのはまだ先になりそうだと苦笑する。
それでも今は、満足。
正守は良守を座ったまま抱き寄せた。
間に挟まった枕を引き抜き、放り投げる。
「なっ!」
「じゃあ、良守は一生兄ちゃんとしかキスしないってことで、どうよ」
「はぁっ!?」
「いいだろ?っつか、どうせできないんだし。俺もお前以外としたくないよ」
自分を抱きしめている腕を引き離そうと掴んでいた良守の手が、止まる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめていたため、正守からは見えなかったけれど良守の頬は一気に赤く染まり、それに伴って心臓の鼓動が早くなっていたのを正守は感じて悦に浸る。
暫く良守はあー、だとかうーだとか唸っていたけれど、そんなこと気にもせず正守はただ良守を抱きしめていた。
やっと手に入ったのだ。
良守の感情はき正守の思いとは違うだろう。まだ肉欲が大きいかも知れない。けれど、良守が正守を選んだことに間違いはない。これから自分と同じ、若しくは近い感情に育てればいいのだ。
どれくらい経ったのか、いつのまにか良守のうなり声は消えて。
腕を掴んでいた手は、正守の背中を遠慮がちに掴む。
正守の胸元に預けられた頭が、擦り寄り小さく責任取れよバカ兄貴、と言って頷いた。
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一応未来の話なのでパラレルで
兄貴とえちーなことをしてるのだけれど、それによって正守の愛情を直に感じて惚れちゃったよっしです。
まだ最後までやってないので、この後兄貴は連れ出してえちーするんじゃないでしょうか。
タイトルは井○陽水奥○民生のシングルです。
目についたので。パラレルだし、と。
07/12/16
07/12/15 改訂
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