カクテル効果







「ちょ、良守!何飲んでンの!?」
「んー…?だって、冷蔵庫にあったし…ジュースだろ?」

良守が仕事終わりの格好でキッチンにいた。
多分、いつものコーヒー牛乳を切らしていたのだろう。
だが、寄りにもよってそれは。

「酒だぞ、それ。酒!」
「え、マジで。でも、美味いぞ、これ」
「そりゃ、カクテルだからな」
「カクテル?」
「知らないのか。甘いけどアルコール度数が高いんだよ。全く」

缶を取り上げると半分以上飲んでいるようだった。
良守は少し残念そうな顔をするが、酒と分かったからか取り返そうとはしない。
この酒は、俺が帰省するついでに飲もうと思い買ってきたもので。
まさか良守が飲むとは思わなかった。

「兄貴ー」
「なんだ?」

少し間延びしたような声に、まさか、と良守を見る。
頬が少し明るんで、目がとろんとしていた。
もしかして、

「…酔ったのか?」
「酔ってねー」

酔ってる奴がそういうんだが…、アルコール度数が高いとはいえ、いくら良守が14歳とはいえ。
缶、半分で酔うのだろうか。

「兄貴ー、眠い」
「そう、か。じゃあ、風呂に入って寝ろ」

眠いだけなら、眠らせばいい。
少し、いつもなら自分に言わないだろう甘えたようなことを言うということはやはり、少しは酔ったのだろうと思うが。

「眠い、けど。なんか、怠い」
「そりゃ、酒飲むからだろ」
「んー。なんか、暑いし…」
「酒のせいだ。さっさと、風呂に入れ」
「つれてって」
「は?」

驚いて良守を見返すと、とろんとした目はうるんでいて(酒のせいで)、俺を見上げている。
身長差があまりにもありすぎるので、どうしても良守が見上げてくるのはしょうがないし、いつものことだ。
それなのに。
なんなんだ、これは。

俺は今まで相手に不自由したことがないし、けれどどんな美人と称される女だって、かわいいと言われる女だって、俺の心を占領したことはない。
それはいつも。いつも、俺の中に目標があったから、女などに時間を掛けるわけにはいかないからだと思っていた。
だから、どんな女にも魅力を感じたことはないし、心を奪われるなどなかった。
それなのに。

良守から目が離せない。
上気した頬と、恐らく暑いからだろう、乱れた襟元から見える鎖骨と。
酔いの為の荒い呼吸、その為に半開きになった唇。
うるんで目尻の下がった瞳から、目を離せない。
さっきまで、そんなことなかったのに。

「あにきー。風呂」

まるで幼い頃のように手を伸ばしてくる。
思考の混乱の中、なんとかそれを避けようとしたのだけれど、避けきれず良守に抱きつかれ心臓が飛び出るかと思った。

「あにきも一緒にはいる?」

もう呂律もヤバイ。本格的に酔っているようだ。
確かにこんな調子の良守を一人風呂場に投げても、浴槽で溺れる可能性はある。
しかし、だな。いい年した兄弟で風呂にはいるのが普通なのか。
いや、兄弟なのだから問題は何もない筈だし、ウチの風呂はそんなに狭くない…て、俺は一体何を考えて悩んでるんだ。
我に返るが、依然良守は俺に抱きついたままだ。
それもぐりぐりと顔を押し付けてくる。
恐らく甘えたいのだろうと言うことは何とか理解できたが、取り敢えず身体を離そうとして睨まれた。

「んだよー」
「いや、なんで怒ってんの」
「俺がくっついたら嫌なのか」
「嫌って言うか」
「…いやでも、くっついてやるもん」

もん、ってお前、年いくつだ。と思っていると再び胸元にぐりぐりと頭をなすりつけられる。
酒乱かコイツ。
と途方に暮れかけていると、なんだか胸元がじんわり濡れた感触に。
え、と思い良守を強引に引き離す。
泣いていた。

「ちょ、良守!?」
「どーせ兄貴は嫌なんだろーおれなんか…。おれなんか」
「良守?」

ぐすぐすと良守は泣きながら拗ねたようだった。
泣き上戸なのだろうか、と思ったら再び抱きつかれそうになったので抑えようとしたが、先程の言葉がよぎってやめた。
抱きついてきた良守は、鼻を啜ってまだ泣いていた。

「いーもん。兄貴がおれのこときらいでも…いーもん」
「嫌いって、俺は」
「兄貴がおれを嫌いでも、おれは兄貴が好きだし、ぜってー嫌いにならないから、いーんだ」

良守の言葉に心臓の鼓動が一気に加速した。
置き場の困っていた手が勝手に、良守を抱きしめる。
それに気付いたのか良守が俺の背に腕を回した。
なんなんだ、これは。
頭では警鐘が鳴っているのに、わかっているのに。

「よしもり」

みっともないが、声が震えているのがわかる。
ああ、俺は。

「良守」
「んー…」
「…よし、もり?」

腕の中の良守の様子が変で。
というか、なんだか力が抜けてくたっとしてきた。
慌てて良守を引き離すと。

良守は泣きながら眠っていた。









…………良守にとっては単なる酔っぱらいの戯れ言で。
単にそっけない兄を慕っているだけのことだって分かっているのに。
鳴り続く警鐘は、そのまま俺にとっての答えだった。
俺は多分、良守が好きなのだ。
…抱きしめた身体を、俺は手放すことが出来なかった。






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兄貴初恋発覚編。
こういうの書くのが楽しいです。兄貴のヘタレが。
続かないと思います。が、続いたら続いたでまぁよくあることなので。

2007/09/22 初稿
2007/09/27 改訂

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