抱擁



その日、兄貴が帰省していた。
俺は知らなかったからすごく驚いて、そんで烏森に来るんだろうなぁって思ったら憂鬱で。
どっかで見てるんだろうなって思ったら、妖退治も集中できなくて。
運悪く、そんなときに来た妖が結構強くて。
でっかい触手みたいなのが、時音に向かっていったから結界を張るという思考が出来ないまま身体が勝手に動いた。
時音を押して俺が触手にクリーンヒット。
腹部を強打した俺は意識が飛びかけ、このままだと校舎にぶつかると分かって結界を張ることが出来ない状態だった。
時音の叫ぶ声が聞こえた直後、背中にバウンドする感触が。
時音が?と思ったけれど、触れた感じではそうじゃなくて、そうじゃないから、っていうかこの冷たい感じの結界は、兄貴のものに相違なくて。

ばふん、と跳ねた体がそのまま下に落ちる。
落ちるくらいだったら、俺は頑丈だし大丈夫かなと思っていると何かがぐるぐると身体に巻き付いてそのまま釣り上げられた。

ぼふ、と体が落ちた場所は妙に温かい場所で、ええ、と思っていると溜め息が聞こえた。
その声は。

「全く。お前というやつは。後で説教だ」

そろりと目を開けると、やっぱり兄貴で。
どうやら地面に衝突するはずの俺をつり上げて、抱きかかえているらしい。
降ろせ。離せ。
そう言ったのだけれど、兄貴は溜め息を吐いた。

「動けないだろ」

確かに一撃が致命傷の如く俺の身体の力を奪っている。
なんでだ、そんなあれくらいで、と思っていると兄貴が俺を腕の中に念糸で固定したまま動いた。
どうやら結界の上を飛び回っているらしい。
自分の感覚でない動きははっきり言って恐い、身体も動かないし。
だから必死でしがみついていると兄貴が「結、滅」と言った。

すた、と兄貴が地面に降りる音がした。
時音が駆け寄ってくる声がした。
兄貴から離れようとしたけれど、頭を抑えられてできなかった。

「時音ちゃん、式神追いてくから後いいかな?こいつ、動けないから」
「はい、大丈夫です」

そいうと兄貴は俺を抱えてまた結界の上を飛んで家に帰ろうとして。
我に返って、後始末、時音、と言うと、バカと言われた。
バカってなんだって言うと。ぎゅっと抱きしめられた。

へ?

頭が回らない。
兄貴に抱きしめられたという事実が、理解できるまで暫く時間を必要としたのだ。

「あの妖はな。足に麻痺程度だが毒を持ってたんだよ。お前はそれが腹部から全身に回ったんだよ」

どく?そんなのあいつ、出してなかった。そう言うと軽く頭をはたかれる。

「お前ね、毎晩闘ってるんだろ?妖の系統くらい覚えろ」

ふーん、で、俺死ぬの?今度はホントに叩かれた。

「死ぬわけないだろ、っつか俺の目の前でお前を死なせるもんか」

え?

叩いた手がまた、俺の頭を抱きしめる。
兄貴に抱きしめられたのはもうずっとずっと前で。
こんなに温かかったっけ?こんなんだったっけ?こんなに兄貴、力強く抱きしめてくれたっけ?忘れた、あにき。
ぎゅっと、力の入らない手で兄貴の着物を掴むと兄貴が黙った。

暫くして、家について。
静かに兄貴が身体を拭いてくれて、毒が注入されたらしい腹部の傷に薬を塗ってくれた。
それから少し苦い飲み薬も飲まされた。
その間、毒が効いていたのか俺の意識は少しぼおっとしていた。

「痛いか?」

首を振ると、そうかと溜め息を吐かれる。
ごめん、と言えば兄貴が首を振った。

「俺は偶々いたんだから。もっと妖に詳しくなれ」

頷くと頭を撫でられた。
イイ子だな、と昔のように。



いつのまにか俺は眠っていて。
朝起きると身体は絶好調で。
兄貴に礼を言おうとしたのだけれど、既に発っていたらしい。

なんだか凄く淋しくて、あの腕の中を思い出して一人哀しくなった。

もう一度、昔みたいに。
昨夜みたいに、してほしいと思った俺はおかしいのだろうか。

おかしくてもそうじゃなくても、兄貴が帰ってくるのはきっとずっと後だ。
いつ帰ってくるかなんて俺に分かるわけがない。
と、思って兄貴に渡された携帯を思い出した。
「ありがと」だけ送ると、暫くして「ああ、もうああいうことのないように」と返信される。
「次に帰ってきたら、礼に好きなケーキ作ってやる」と送るとすぐに返信があり、「じゃあ、また直ぐ帰るよ」と。

それを見て、淋しい思いは少し消えた。
やっぱり俺はおかしいのかもしれない。
それでも、俺はいいやと思えた。








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良守が兄貴に惚れてみました。
…流されるよっちが好きなんですが、こういうのもアリだなと。

2007/09/23


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