ハロウィンの約束



「とりっく おあ とりーと!」

猫の耳がついたカチューシャをつけた良守が、帰宅した正守を玄関まで迎えてきた。
瞬きを一度して、正守はその猫の耳を触る。
黒い耳は、良守が作ったであろう、少しいびつな三角形で。
けれど、年の割には綺麗に型紙の両面に貼り合わせた紙が良守の器用さをうかがわせる。

「へーなかなか」
「やーっ触っちゃだめ!」

正守の手をぱちぱちと叩いて嫌がる良守を抱きかかえると良守は喜び、正守は居間へ向かう。

「幼稚園で作ったの?」
「そー。にいちゃん、とりっく おあ とりーと」
「しつこいねー意味分かってるの?」
「お菓子くれないと悪戯するよっ」
「おー偉いね。お菓子かぁ、何がいい?」
「んー…」

何がほしい、と言われて考え込む良守にくすり、と笑みを洩らして正守は居間の襖を開けた。
すると居間の机の上に沢山の飴の袋が転がっている。
それを一生懸命、父が丸い木の箱に入れていた。

「あ、おかえり、正守」
「ただいま。これどうしたの?」
「ハロウィンだからね、幼稚園から帰ってる時に、良守に強請られたんだよ」

どうやら、良守が一袋全部、中身を見ていたから散らかっていたらしい。

「じゃあ、それはあげれないか」
「あ、強請られたの?」
「うん」
「じゃあ、何かお菓子持ってくるよ」
「ありがと」

台所へ向かった父から目線を外し、再び良守を見ると期待に溢れた目をしていた。
祖父の趣味でおやつの甘いものは和菓子ばかりだから、飴一つだって良守は喜ぶ。
次は何を貰えるのか楽しみで仕方がないのだろう。
そんな良守に正守は一つ、意地悪を思いついた。

















「あーあ…やっぱ今年も無駄になった…」

夜のお勤めをすませ、良守はキッチンでコーヒー牛乳を飲みながらカボチャのシフォンケーキを眺めた。
オレンジ色の丸いスポンジケーキにはチョコレートでJack-o'-Lantern のイラストが描かれてあり、自分でも傑作だと良守は思っている。
これは明日には弟や祖父の腹の中に収まるだろう。
それはそれで、無駄になるわけではないのだけれど、良守は残念そうに溜め息を一つ吐く。

正確に何年前からかは覚えていないが、良守はケーキ作りが趣味になってからハロウィンにケーキを作るようになった。
けれど、それは毎年、当日ではなく次の日に食べられている。

折角だし、仕事終わりでお腹空いているしと良守はケーキナイフを取り出して小さく切り分けた。
冷蔵庫から生クリームを取り出して、少し横に添える。
ミントの葉があればよかったなぁと少し残念に思いながらも、いただきます、と心の中で呟いてフォークをケーキに突き刺して口に運ぼうとした時、横から腕が引かれた。

「え?」
「うまい」

フォークの先に乗っていたケーキを食べたのは、兄だった。
なぜ、という疑問が良守の頭をぐるぐると回る。
なぜ、今、ここに兄が。

「兄貴?」
「ん?ただいま」
「おかえり…って、は?」
「は?ってなに?っていうか、これ美味いね。何味?」
「かぼちゃ…」
「ああ、ハロウィンか。これ、俺好きだなぁ。もっと食べていい?」

一切れをあっという間に食べた正守は、足りないなぁとぼやいた。
それからもう少し食べていいかと良守に尋ねようとして、ぎょっとする。
良守が、無言で泣いていた。

「よ、良守!?食べちゃいけなかった!?」

珍しく正守が慌てるが、良守は黙って腕で涙を拭き、首を振った。
泣いている良守を見たのは随分前過ぎて、いや、それよりも泣かしてしまったのが自分なのはわかるのだけれど原因がわからなくて正守は焦らずにはいられない。

「良守、良守?」
「それ、…全部食べて良いから」

それだけ言うと、良守は静かにキッチンから出て行く。
全く状況が飲み込めない正守は、取り敢えずもう一口シフォンケーキを食べて美味いなぁと呟いた。


良守は泣くつもりはなかったのにな、と少し後悔しながらも、けれど、口元には笑みが浮かんでいる。
思い出すのは随分昔のこと。




『良守、Trick or Treat』
『え?』
『ほら、お菓子くれないと悪戯するよ?』

人の悪い笑みを浮かべた兄に良守は困惑した。
困惑しすぎて周りにあった飴のことをすっかり忘れ、情けない顔をする。
まさか兄からそう言われると思っていなかったのだ。

『お菓子ないなら、悪戯だよね?』
『やーっ』

首を振る良守の頬に、正守は軽くキスをした。
何をされたのか、と良守の動きはぴたっと止まり、兄を見る。

『来年はちゃんと何か、俺にもくれよ?』

くすくすと笑う兄に、良守はよくわからないけど嬉しくなった。
それはきっと兄が楽しそうだったから。
兄は困る良守の様子が楽しかっただけなのだけれど、良守は兄がハロウィンが好きなのだろうと理解して。

次の年、二人ともすっかりハロウィンなんて忘れていた。
それから兄が出て行って、良守がケーキを作るようになった頃、世間でハロウィンがようやくクリスマスやバレンタイン並のイベントとして扱われるようになり、良守は思い出した。
幼く、幸せだった頃に交わした約束を。
それから良守は毎年、帰ってくることのない兄をこっそり待っていた。
一日過ぎないと食べられないハロウィンのお菓子の謎は、家族の誰も知らない。
聞かれたけれど、笑って誤魔化して。
今年こそ、大丈夫かなぁと思って少し期待した分の落胆は大きくて、そのおかげで嬉しさも大きくなって涙してしまって、良守は拙かったなと、もう一度苦笑した。



キッチンで食べているケーキが自分の為だったと正守が知るのは、もう少し先の話。







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えー……まぁ。アレです。捏造っていうレベルじゃないです。
まぁハロウィンだしvありえないことでもいいっか、と。

多分できてない二人だと思います。
2007/10/31

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