携帯でちゅー
蜈蚣に送ってもらった後、良守は風呂場で服を脱いでいる時、携帯が床に落ちてそれを返し忘れたことに気付いた。
それから二日が経った。
手の上でその携帯を眺める。買ったばかりのものを与えられたのか、真新しいそれの機能をまだ良守は使いこなせていない。
だって、必要なのは兄の携帯番号を表示させることと、それをかけること。
けれど、なんど兄の番号を表示させても通話ボタンを押すことはできなかった。
怪我が酷かったけど、そろそろいいかなぁと眺めて、またボタンを押せないまま。
電話をして、何が訊きたいのか。
一体あれはなんだったのか、後始末は。土地神は。
………怪我の具合は、どうなのか。一番はそこだけれど、なんとなく聞きにくい。
満身創痍な兄を見たのは初めてで、心配がつのるのは仕方がないことだ。
もっと自分が強ければ、兄があんなに怪我をすることもなかったのかもしれない、と思わずにはいられない。
兄は、良守を嫌悪しているのではないと電話越しに言っていたけれど。
それでも、こちらから連絡を取って良いのか。良守には良いなんて言えない。
携帯なんてなければ、家の電話しかなければ。
こんなもやもやとした考えに陥ることはなかったんじゃないか、と良守は思う。
ただ待つことだけしか選択肢がないのだから。
うだうだと考え込むのは性に合わない、と携帯を放り投げて一旦、そこから思考を外そうとする。
しかし、その途端携帯が激しく震えだした。
「う、っわ!?」
それが着信だということは良守も知っていた。それに、その携帯に掛けてくることができるのが兄だけだということも。
慌てて通話ボタンを押すと、耳にあてた。
変にドキドキするのは驚いたからだと自分に言い訳しながら。
「も、もしもし」
『はは、取るの早くなったな』
呑気な声は間違いなく兄で、少しほっとして、からかいに怒鳴ることも忘れた。
ただし、兄は辛くても隠せる人間だからまだ、良守の不安は消せない。
「怪我は」
『心配してくれてんの?大丈夫だよ。全快、全快』
「ふーん……」
あからさまに安心したことを悟られるのはイヤだったけれど、声がどうしても柔らかくなってしまったらしく、電話の向こうで兄が笑う。
それに怒鳴るのも癪で、気付かないふりで携帯、と大きな声を出した。
「返すから、式神かなんかよこせ!!」
『返していらないよ。持っていてよ。料金はこっちで払うからさ』
「は?」
思っても見なかった返事に、良守が間抜けな声を出すが、正守はなんでもないように続ける。
『今時の中学生なんだから、携帯くらい持ってたって普通だろ?』
「や、でも。そんなの…悪いし」
『遠慮するなって。ほら、いつでも電話してきていいよ。絶対とるからさ』
いつものように、からかい半分のような、軽い調子で言われたのに。
「絶対」というところだけ、何故か妙に真実味を帯びていて、良守は一瞬だけ言葉に詰まる。
それから、心臓が少しだけ早くなってきたのを自覚した。
今まで、兄にこんなことを言われたことがなくて。これは、嬉しいという感情だと良守が思った途端また、鼓動が早くなる。
「ぜ、絶対、て無理なこと言うなよ」
『うん、無理だろうけど。でも、携帯があると安心するだろ?』
「なにが」
『いつだって、兄ちゃんと繋がれてるんだって』
なにそれ、何ソレなにソレ!
頭に回る言葉が口から出てこなくて、良守は電話越しだというのに赤くなった頬を擦った。
良守には兄と、繋がるという意味がよくわからない。
けれど、多分それは今までとは違う何かが与えられたのだと、理解した。
それが何なのかわからないけれど、耳元まで支配しだした心臓の高鳴りに、う、だとか、あ、だとか呻き声しか出せなくなる。
『良守?』
自分でもそれがおかしいと思うから、苦笑したような兄の声に、良守の頬がより熱くなって。
相手には見えていないはずなのに、兄から透視でもされているかのように気まずくて仕方がない。
「た、淡幽はどうしたんだよ!?」
と怒鳴るように訊くことで、誤魔化したつもりになった。
電話の向こうでテンパっているであろう弟の姿を思い浮かべながら、正守は事後を話した。
淡幽のことが気になっていたらしく、弟は一旦それで落ち着いたことに少し腹が立ちながらも空間の修正について説明してやれば熱心になる弟に気持ちがほぐれる。
優しい弟が、今はただ愛おしくて仕方がない。
「だから、もう心配いらないよ」
そう言ってやれば、時間もそろそろ良守が烏森へいく頃になった。
惜しいけれど、切らないといけない。
仕事の邪魔をするわけにはいかないし、それは成長期の良守の睡眠を妨害することにもなる。
「電話、好きに使って良いよ」
『…そんなこと言ってると万単位で使うぞ』
「んーまあ。変なことに使わなきゃいいよ」
『…嘘だ。バカ』
ワザワザ訂正なんてしなくても、弟が人の金を湯水のように使うわけがないことを知ってるから携帯を上げたのにな、と正守は苦笑した。
それが電話の向こうでも弟に伝わったらしく、不機嫌な声で、なんだよ、と言われる。
「いや、なんでもないよ。そろそろ烏森だろ?」
『あ、うわ、ヤベェ!時音に怒られるっ』
「じゃ、また電話するよ」
『ま、た?』
「うん、またね」
『おう…また、な』
自分から言ったことだけれど、良守から「また」という言葉が聞けただけで正守は歓喜に満たされる。
それも、良守も同じだけ喜んでいることが携帯を通しても伝わってきて、声だけでも感情が表れる弟が愛しくなるのと同時に、自分から切るのが惜しくて、躊躇っていると弟はあっさりと切ってくれた。
とても残念な気分になってしまい、正守はふと思いついたまま新規メールを開く。
どんな返信をくれるのか、正守は唇が持ち上がるのを押さえることはできなかった。
ぶーっとイヤな震動に、兄が何か言い忘れたのかと思い再び良守は慌てて携帯を開く。
けれど、それは電話ではなく新着メールの文字が。
初めてのメールで、なんとなく兄が相手でもどきどきしながら開いた。
それなのに内容は。
「忘れてた。お休みのキス、して?」
というもので、良守は思わず携帯を落とす。
「な、なな、あ、アイツ!?」
キスって、携帯でキスって一体どうするんだっっていうか、キスってキスって!
ぐるぐると頭をキスという単語が回りながら、きっと電話の向こうでは兄が笑っているんだろうと思うとムカツいてしょうがなくなってくる。
どうしたら、兄が驚くか。
照れを無理矢理頭から追い出して、良守は携帯を拾った。
「頭領、包帯を替えます…て、何、携帯に向かってにやついているんですか」
「あ、刃鳥」
「エロサイトでも見てるんですか」
「女の子がそーゆーこと口にしちゃ駄目だよ」
「じゃなきゃ、良守君ですか」
「じゃなきゃっていうか、良守しかいないよねぇ」
「そうですか。じゃあ包帯を替えますよ」
「興味ない?」
「ないですね」
はははは、と笑いながら、正守は携帯を閉じる。
刃鳥が例え興味があると言っても見せるつもりはなかった。
あんなかわいくてかわいくて仕方がない、メール、誰にも見せてあげない。
そう心で呟いて、正守は大人しく包帯を変えてもらうことにした。
「ばか。はやく寝ろよ。
ちゅっ」
それは、それは。
思わずネズミか、と突っ込みたくなるくらい。
正守の想像を超えて、愛おしいメール。
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ラブレス二巻です。異常にあれに萌えました。
いちゃいちゃばっか書いてますねー精神安定期でしょうか。
またそろそろテンパるかもなので、そんときは痛いのを書きます。
2007/11/07
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