雪待ち子








「こら、はしゃぐな」

真っ暗な夜道、月明かりに反射した白い雪が楽しそうに歩く良守を映し出す。
積もったばかりの新雪を踏み踏み、嬉しそうな弟に正守は溜め息を吐いた。

「転ぶぞ」
「転ばないもん」

弟サイズの天穴を持って走る良守はまだ誰にも汚されていない白い雪を楽しむ。
正守にとっては寒いだけのそれも、良守にとってはおもちゃにしかならない。
割と頑丈な子だけれど、雪の日は仕事の疲れも見せず特別はしゃいでいる。

もう一つ正守が溜め息を吐いたとき、雪に足を取られた良守が転んだ。
普段なら足の一つでも擦り剥いて泣くだろうが、雪で怪我はしていないらしく、「つめたー」と言って嬉しそうに顔を上げた。

「あにきっふわふわ!」
「風邪引くぞ」

ついに雪の上に倒れたまま、感触を楽しみだした弟を正守が拾い上げる。
衣服に付いた雪が冷たいけれど、首に回ってきたその手はもっと冷たかった。

「良守、冷たいんだけど」
「おれ、あったかいもん」

ぎゅうぎゅう、と抱きついてくる良守ははしゃぎながらもやはり寒かったのだろう、兄に抱きついたまま離れなくなってしまった。
















「斑尾、寒いよ」

ぎゅうぎゅう。と自分を抱きしめて文句を言う正統継承者に斑尾は溜め息を吐く。

「そりゃあ、あたしは妖だからね。温度がある方がおかしいだろ」

もっともなことなのに、良守はぷーとふくれた。
未だ降る雪には無頓着で、頭に積もる雪を振り払わない。
それなのに寒いという良守はまるで幼児返りしたようだ、と斑尾は思う。

「寒いなら結界を使えばいいじゃないか。あんたなら家までくらい作れるだろ」
「できるけど。雪踏めないじゃん」
「寒いんだろ」
「寒いけど」

妖だけれど400年も人間の側にいれば、人間の非合理的で融通の利かない我が儘にも慣れてくる。
それもこの今の正統継承者は雪が降るとこうなるのだから、慣れというより最早あきらめかも知れない。
人間は雪が好きだということを斑尾は知っている。
それは雪が白く汚れがない、美しいものだからだろうということも斑尾は知っている。
けれども、良守がことさら雪の日にのんびり帰る訳がそれだけでないことも、斑尾は知っていた。
だから、文句を言いつつもつき合っているのだ。
この子が、かわいいから。

「全く、わけのわからない子だねぇ」

知らないフリをするのも、と斑尾が思ったとき、良守の後ろからさく、という新雪を踏む音が聞こえた。
時音は既に帰ってしまったし、急に足音が聞こえるなんて事ができるのは空を飛べる人間か。
結界師しかいない。
ついにやってきたねぇ、と斑尾は足音に気付いていない良守の腕からするりと逃げ出した。
今まで文句を言いつつも好きにさせてくれていた斑尾が急に逃げたことに良守は慌てる。

「斑尾?」
「あたしゃ帰るよ」
「え、ま、待てよ、」

淋しそうな良守の顔に、斑尾は損な役回りだねぇと言いながらその場を去った。


















「おかえり」

一人で烏森に行くようになってから初めて、兄が玄関で迎えてくれた。
何故なのかわからない良守は固まったまま動けない。
そんな良守に苦笑して、兄は良守の手から天穴を取り上げて風呂場まで連れて行ってくれる。
自分の服を脱がした後、正守も服を脱ぎだしたので驚いた良守が戸惑った視線を向けると兄はまた笑う。

「あにき?」
「また雪で遊んだだろう。身体が冷たいぞ」

冷え切った身体を抱き上げた兄の身体は不思議と温かくなく、良守と同じくらい冷えていて、良守は正守が一緒に風呂にはいるつもりでまだ風呂に入っていなかったのかも知れないと一人で納得した。
良守はそれがとても嬉しかった。
結界師の修行を始めてから厳しくなった兄が、自分のことを好きではないと思っていた兄が優しい。
昔のように優しい。
それだけが、良守の心を支配した。

それは、一人で烏森に行くようになってから初めての雪の日だった。














「よう」

斑尾が去って、一人残され、淋しげに歩き出そうとした良守の後ろから、誰かが声を掛けてきた。
だれ、と問わずとも良守には慣れすぎた声だったけれど、良守はそんなはずがないと振り向けない。
いるはずがない。
だって、兄はもう、良守の側にはいてくれない。

「無視すんなよ」

それでも良守は心の何処かで期待していた。
いつか雪の日に。
遊んで帰ってくる良守を心配した兄が待っていてくれることを。
有り得ないことだと良守はわかっていた。
それなのに。

動かない良守に焦れたのか、正守がぐい、と良守の肩を引いた。
抵抗もなく、正守の方へと倒れ込む良守を抱きしめて正守は冷たい、と言う。
頭や肩につもった雪を払い落としながら、正守は楽しげな声を出した。

「まだ雪で遊んでるのか?」

遊んでいない、と呟くはずだった良守の唇はわなないてなにも言えなかった。
その代わり、ぎゅっと首に回された兄の腕を掴む。
兄の腕は、良守と同じように冷たかった。

「風呂、入ろうか」

良守が一つ頷くと、正守は良守を抱き上げて歩き出した。
昔の、あの日のように。




















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当時の柚子風呂の話と似た感じに成っちゃいました…。
んーん。
正良の風呂ってすんげい個人的に萌なんですよねー…なんか特別な時間vみたいな。
良守は心の底で昔のことを吹っ切ってるんですけど。
ふと思いだすといいなぁ…とか。
兄貴は飴と鞭で、飴は甘すぎるのを用意してそれも二人きりの時にだけで。
だから良守が甘い甘い飴が忘れられないっつーのがいいなぁ……とかとか。

ついでに斑+良も書いてみました。
正守がいなかったら斑良だった可能性もあったりもするんですよねー…。おねいキャラの攻め好き。
どちらかがいなければ良限、正限、正受け、斑良だった可能性もあるんですが、良がいて正がいるかぎり問答無用で正良…すげいな、正良っ兄弟萌v
08/01/21

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