距離感







『手、繋いで』

そう言った俺を兄貴はどういう顔して見たんだろうか。
兄貴が背にし太陽がまぶしくて覚えていない。









「重いっ」
「ははは。修行だ修行」
「テメェも持てよっ」
「やだよ」

帰省している兄貴の為に作るのであろう豪華な夕食の材料の買い出しを、父さんに頼まれた。
申し訳なさそうに、だけれど仕事を早く終わらせて料理にかかりたいという父さんに俺は嫌だと言うことはできない。
けれど。
頼まれたのは俺だけではなかったはず。

なぜか一緒に着物姿の兄貴と近くのスーパーに行くことになって。
そこらへんは近所の人たちばかりが集まるから、久しぶりに見たのだろう兄貴に「まぁまぁ大きくなって」とか声をかけてくるおばちゃんばっかに囲れつつ、兄貴はそれを安っぽい笑顔で交わして次々とカートの上のカゴに食材を入れていった。
「野菜食べてるか」だとか「利守は何が好きだったっけ」とか「玉子焼きは砂糖がいいなぁ」だとか話しかける兄貴の余裕が俺の余裕を消してしまって結局あーだとかうん、だとかしか言えなかったけれど、それは周りのおばちゃんが代わる代わる現れてくれたので助かった。

そんなこんなでで中身がつまったかい袋が3つある。
とうぜん、兄貴が2つ持つべきだが。
兄貴は一つも持たない。

「手が痛いんだけどっ」
「結界使うなよ」
「なんだよ、もうっ」

俺の前を行く兄貴は笑っているようだけれど顔が見えない。
昔は俺が前を歩いていた。
こどもは前を行かせた方が見失わないのだと父が利守を前に行かせているのをみて、ああ、兄貴はそうしてたのかと思ったのは大分前だ。
今はもう、兄貴は俺を見失うことはないだろうと思っているのか、それとも見失っても平気だから前を歩くのだろうか。
わからないけれど、これなら俺は兄貴を見失わないからこれでいいやと思う。

「重い重い重い。一つくらい持ちやがれ」
「たかが5人分の食料じゃないか」
「たかが5人の内1人がよく喰うせいで6人分くらいあるんだけどっ」

笑ってから兄貴は俺をふり返って左手を差し出してきた。

「1/6だけ持ってやろう」
「は?」

そう言うと兄貴は強引に右手に持っていた一つのビニール袋の持ち手を片方だけ奪い取る。
少し触れた体温に驚いて兄貴を見ると兄貴は薄い笑いを浮かべていた。
まるで重さを分かち合うようなそれに、息を呑んだことを誤魔化すように呟く。

「1/6…軽すぎだろ、それ」

言いながら過去を思いだす。
右手を伸ばした俺に兄貴はいつだって。
薄く笑っていたっけな。
今と同じように。

思いだして俺も、薄く笑った。











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もどかしいかんじ?(汗)
08/06/03


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