あんずかん











俺には普段、一緒に暮らしては居ないが七つ年の離れた兄貴が居る。
数年前出て行ったきり、戻ってくることは稀で、連絡だって父ととっていたことを最近知ったくらいでほとんど俺とはなかった。
帰ってくれば術か烏森の話だけで、からかわれるだけで。
そんな兄貴だったけれど。



学校から帰宅すると玄関に草履。
多分、夜行のマークがつてるから兄貴の草履だ。
出て行ってから和服が私服らしい兄貴は草履を履く。下駄は足音がするからだめらしい。
それを見て、心臓がちょっとはねたけれど知らないフリで「ただいま」と言った俺を父さんが迎えてくれた。



「お帰り、正守が帰ってるよ」
「ん…」
「眠くなかったら居間においで。正守のおみやげあるから」
「うん…」



俺がそういうと、父さんはキッチンに消えていった。
おみやげ、という言葉に俺が頷いたからだろう。
じゃあ、行かないと。
と、自分に言い訳なんかしてみる。





着替えてから居間の襖をあけると、父さんがいなくて、兄貴だけで。
机の上には皿にのったオレンジ色の物体が。
兄貴の顔を見て、少し緊張する。
父さんが居なくてほっとしたような、困ったような。
俺はよくわからない気分になったけれど、兄貴は落ち着いた様子だった。



「父さんは?」
「買い物。っつーかさ、兄さんに挨拶は?」



兄貴に好きと言われて数ヶ月たった。
それから会うのは初めてだった。
オツキアイ、なんて間柄じゃない。兄弟だから。
でも、兄弟だけじゃないなんて、どうしたらいいのか俺にはよくわからない。
数ヶ月、会わなかった。
電話だって数回しかしてない。
メールは、たまに来ていた。
作ったケーキの写真を送ると喜んでいた。
それがとてもうれしくて何度も送った。



「…おか、えり…」



詰まりながらそういうと、兄貴はいつもどおりの兄貴の顔をした。



「ん。ただいま。これ食べなよ」



皿の上に乗っているのは、半透明な竹のかたちをした容器。
ぺり、とふたをあける。



「なにこれ」
「あんずかん」
「なに」
「あんずの寒天」



食べてみると、水ようかんのような杏の寒天だった。
寒天だからゼリーのように柔らかくないけれど、和と言うよりは洋で。
だけれど、甘いだけじゃなくてちょっと酸っぱくて。



「んまい」
「よかった。冷蔵庫に梅のゼリーもあるから後で食べな」
「ん…」



今、食べたいなぁと思ったのが顔にでたのだろう。



「今、食べてもいいよ」



と言ってふわりと、笑った。
そのとたん。
口の中の杏の寒天の甘酸っぱさが増した気がした。









数ヶ月会ってなかった。
電話だってそんなにしてなかった。
メールはたまにしていた。
そんな中でちょっとずつ芽生えていたきもちが。
今、花のように開いたような気がした。













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恋愛的な正良。
2008/08/03


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