月とウサギ
「うーさぎうさぎ、何見てはねる」
弟の夜のつとめをこっそり観察した後の風呂上がり、正守は月でも見ながら一杯しようと思い縁側に足を向けていた。
片手に熱燗持ち、客間の襖を開ける。
すると、良守がなんとも古めかしい歌を歌っていた。
「十五夜おーつきさま、見てはねーる」
正守よりも先に風呂に入り、すでに寝ているだろうと思っていた良守が口ずさんでいるのは秋口の歌だ。
もうそろそろ冬になろうとする今では少し時期遅れである。
しかし、良守が歌うとそんなことは関係ないようにしっくりとくるものがあった。
まるで、良守がその歌のように月に跳んでいってしまいそうな。
「良守」
兄の呼びかけに、良守は歌うのを辞めて振り向く。
満月に照らされたその顔は白く、まるで別世界のもののようで、正守は熱燗を乱暴に床に置き、良守を月からかばうように抱きしめた。
まだ成長期である弟は昔よりも大きくなったとはいえ、兄の腕の中にすっぽりと収まる。
「なんで、うさぎ?」
「みたらし作ったから」
押し寄せた不安を隠しながら問うた正守は、その言葉に視線を横に移した。
そこには、丸い団子にみたらしのたれがかけられて、皿に盛られている。
洋菓子好きな弟にしては珍しい、と正守はそれを一つつまんだ。
「作ったの?」
「おう。美味いだろ」
「うん、やっぱ市販のより手作りがいいよねえ」
「兄貴が帰ってくるって聞いたから作ってた」
照れながら言う弟のほほには少し赤味が差し、月の白を打ち消すようで、正守は少しだけ安心する。
しかし、月は相変わらず天の上から正守ごと良守を包み込んでいる。
「ほら、風邪引くから」
腕を引いて、正守は良守を縁側から引き離し、後ろから照らしてくる、月の光を遮断するかのように客間の障子を閉めた。
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人知を越えそうな弟に不安になる兄が書きたかったのですが…><。
2008/11/16
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