ほしいのっ
三年ぶりに戻ってきた兄との情事に良守は喜びに満ちていた。
それは触れ合うことだけでなく、会わなかった三年のうちに知り、願ったことが成就すると思ったから。
けれど、最後の瞬間でそれに違和感を感じる。
いつものように胎内に広がる熱いものを感じることができず、けれど確かに兄は達したような様子だ。
まるで水風船でも入っているような、とそこまで考えて良守は慌てて起きあがる。
その拍子に抜けた兄のモノには、ビニールのようなものが。
「…兄貴、なにそれ」
兄が良守の視線を追うと、そこには熱が収まったばかりの自分のモノ。
それを何と言われても、と一瞬自分のモノを見つめて考えた正守はああ、そうかと思いつく。
「縮んだのが気にくわなかった?ごめん、でもすぐおっきくなるからさ」
良守の足を掴み、広げもう一度入れようとする正守に、良守はちっがーう、と叫ぶ。
「それ、なに着けてんだよっ」
「これ?知らないの?コンドームだけど」
「知ってる!授業で習った!じゃなくて何で着けてんだよ!」
正守は再び首を傾げた。
確かに三年前まで、情事の際には着けていなかったのだけれどそんなに怒ることだろうか。
ゴムは着けている方にも違和感があるけれど、入れられる方もそうなのだろうか。
「や、でもお前さ。生理あるだろ?」
「あるよ!」
「じゃあ、しないと子どもできるだろ」
「!!」
正守の言葉を聞いた瞬間、良守はショックを受けた顔をし、呆然と兄を見つめた。
それに正守は驚いて、手を伸ばすとはたき落とされる。
「よ、良守?」
泣きそうな表情と変化させた良守は、言葉を詰まらせたまま正守を睨む。
何がなんだか分からない正守は良守の名を呼ぶが、良守は何も言わなかった。
暫くの沈黙の後、良守は口を開く。
「お、おれは…」
唇を噛みしめ、一旦言葉を切った良守は俯き、そして意を決したような、けれど哀しさを映した瞳で正守を見つめる。
「おれは、やっと兄貴の子ども、産めるって思ったのに…っ!」
衝撃的すぎる言葉に正守の頭の中が一瞬にしてまっ白になった。
こいつは今なんて言ったのか。
理解しようとするも、中々頭は働きだしてくれない。
けれど良守はそれに気付かず、ついに涙を零しながら切々と訴え始めた。
「じゅ、授業でセックスは子供を産む為って言ってたから、兄貴としてたことで子どもが産まれるんだってわかって、だからっ生理が来て嬉しかったのに兄貴は帰ってこないし。だから、三年も待ったのに。兄貴は俺の子どもほしくないんだ。きもちいいことだけしたいんだ。兄貴のばか。俺は、おれは、せーよくしょりの道具なんだなぁぁ」
わぁぁ、と子どものように泣き出した良守の声で、正守はやっと我に返る。
こどもが、ほしかった。
それを訴えるこの子はまだ子どもなのに、俺は何も伝えずなんてことをしていたのか。
慌てて正守は良守を抱きしめるけれど、良守は暴れて大人しく腕の中に収まらない。
それでも良守が泣き疲れるまで正守は宥め続けた。
暫くして嗚咽だけが聞こえるようになり、正守は良守に謝る。
「ごめんな、でも違うんだ。性欲処理なんかじゃなくてお前が好きで仕方がないから抱いてしまったんだよ。だから子どもを作るなんて考えたことがなかったんだけど、兄ちゃんもお前との子なら欲しいよ」
そう言うと良守はホントに?と涙で濡れた瞳を向ける。
三年会わないうちに随分女らしく成長した妹は、それでもまだ子どもの瞳を持っていて。
なのに柔らかいからだが気持ちよくて、ああ、手放したくない。子どもが欲しいというなら、俺の子が欲しいというなら、と正守は思うのだけれど、理性ではそれを許せない。
兄妹だとか、父や祖父、母は喜ぶかも知れないけれど、取り敢えず家族を悲しませるとか、そんな常識じみた考えもよぎったけれど、そんなことよりもまだ。
まだ妹は烏森に縛られたままで。まだ、ここから連れ出す準備はできていない。
「でも、まだ駄目だ」
「なんでっ」
「烏森を封印してないだろう?」
「関係あるのかよ」
「あるよ。終わらせないままで、その子に方印が出たらどうする?」
「あ…」
良守は急に突きつけられた現実に眉を下げる。
烏森を封印しない限り、方印は後世に引き継がれる。例えその子に方印が現れなくても、烏森の封印の術を探し続けながら子ども世話は無理だろう。結果、烏森を子に押し付けることになるのだ。
そんな兄の考えに思い至った良守は顔を伏せたが、正守は両頬を手のひらで包んで掬い上げる。
「全部終わらせて、そうしたら俺の子を産んでくれ」
「ホントに、ホントにほしい?」
「欲しいよ」
「子どもができたら、俺達、ホントの家族になれる?」
必至な良守の口から出たことばに正守は、一瞬息を呑んだ。
家族。
今だって血の繋がった家族だけれど、妹が跡継ぎで兄はその為に家を出ることになった。
家族であるはずなのに、兄妹は離ればなれになった。機能不全の家族と言ってもいいかもしれない。
だから、兄をつなぎ止めたいのだろうと正守はやっと理解した。
幼い妹は母性として兄の子が欲しいのではなく、兄を自分の側にいさせるために。その為の子どもなのだと。
子どもが目的なのではなく、手段であることに、やはり良守はまだ子どもだと正守は少し残念に思う。
けれど今はそれでもいい。いつかもう少し大人になったとき、きっと良守は生まれた子を愛すだろう。
だから今は。
「もう少し我慢して?烏森を封印したら一緒に家を出よう」
「…帰ってこないのかよ」
「うん、俺はお前とここじゃない土地で暮らしたいよ。ここはお前を縛る土地だから」
「…よく、わかんねぇけど…うん。じゃあ早く封印するから」
「ああ、早く封印しよう」
しがみついて離れない妹を正守はしっかりと抱きしめた。
いつかこの傷だらけで、けれど愛しくて仕方ない身体に自分の子が宿るときが来ることを願いながら。
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あれ、兄貴が焦ったり困ったりしませんでした。そうか、寧ろ喜ぶかっ!うん。兄貴は喜ぶか。
よっしが妹だったら多分もっと楽だったのかも知れないなぁ…とか思います。
ところで時子さんにはお兄様がいらっしゃったようですが、そっちってどうなったんでしょうね。兄様って言ってるくらいだから慕ってたんではないかと。ビバ兄妹愛だったのかなぁ…とか。
もしくはいざこざが合ったのかしら。んで時子さんは暴走キャラを押さえるようになったとか。
でも良守が妹だったら少年漫画にはならなかっただろう(←っていうかイエロウ先生はそんなものかかないだろう)。
2007/12/13
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