5 kiss、キスお題part 1
頬
良守の頬にピンク色の生クリームが付いている。
横にあるスポンジもほんのりピンク色だ。
「良守」
「ん」
「生クリームがなんでピンク?」
「イチゴの果汁」
「へー。そんなんできるの」
「うん」
「ケーキの中もイチゴ?」
「うん」
「へーおいしそ」
しゃかしゃかと、泡立て器とボールが良守の素早い手つきに悲鳴を上げているようだ。
それくらい良守は真剣に、力一杯生クリームを泡立てている。
だから、頬にはねたのだろう生クリームに気づかない。
そんな真剣な良守がかわいくてたまらない。
「ところで、良守」
「ん」
「ついてる」
なんて、ベタにもほどがあるけど。
頬の生クリームをなめ取ってみる。
案の定、良守は驚いてがしゃん、と右手の泡立て器を落とした。
が、慌てて体制を立て直す。
「へ、へんたい兄貴!」
大事そうに生クリームの無事を確かめつつ、良守は俺をにらむ。
ああ、なんてかわいい。
変態とかいいつつ、頬はまっかだ。
そんな正直な頬に、今度はキスをしたくなってしまった。
手
よしもり、と甘く名前を呼ばれた。
その声は、かすれている。
俺の右手に、埋もれているからだ。
くすぐったくて、手が震える。
「はなせって」
「んー」
気のない返事は放すつもりがないこと。
何度か、そんなに俺の右手が好きかと言おうと思ったが。
偶に左手でもやるので、そうでもないのかもと訊いてない。
「兄貴ってば」
「うん」
返事の後に、ぺろ、と手を舐められる。
驚いて手を引こうとしたが、がっちりと捕まれた手首は動かない。
「やだってば」
「もうちょっと」
そう言って兄貴はいつも、俺の手がしびれるまでそれをやめないのだ。
額
台風が来ようが、ヒョウが降ろうが結界師のおつとめは毎日ある。
だから、今日みたいに雨が降っても当然、弟は烏森に行く。
心配になった訳じゃない。
だって、もう何年もずっとしていること。
でも、たまたまその日は実家近くで仕事をすませていた。
雨が降って、ああ、あいつまたずぶ濡れネズミなんだろうなと思ったら会いたくなった。
結界でうまいこと雨を除けながら烏森上空でとまる。
下を見ると、先ほどより弱まった雨の中に彼らの姿は発見できなかった。
少しいつもより早いけれど、帰ったのかなと思い黒姫を出動させる。
校内をくまなく探したけれど、良守も幼なじみの少女もいないということだった。
少しつまらなくなったが、少女の相手をする時間もないし、よかったかもしれない。
目的地を実家にかえて、俺は再び夜空を駆けた。
「お前、何してんの」
そんな感じで良守以外に見つからないように静かに帰省してみると。
良守が自分の部屋の前の木の柱に額をぐりぐりと押しつけていた。
不審すぎる行動に俺は雨に打たれてぼけたのかと本気で心配になる。
風呂にも入らず、装束のままの弟は想像通りずぶ濡れだ。
「うー」
横目でちらりと俺の姿を確認した良守は、赤い顔をしていた。
そこで、もしかしてと思う。
草履を脱いで、足早に近づく。
「良守?お前、熱あるんじゃ」
「目が、回るぅ」
どうやら、熱で頭がくらくらして、どうにかそれを抑えようと柱に額を押しつけていたようだ。
そんなんで収まるか。
「馬鹿。そんなことするより早く。ああ、もう。馬鹿だなお前」
「ばかばか連呼するなぁ。ばか兄貴。っつか、なんでかえってきてんの」
「たまたまだ。たまたま。近くを通ったから。俺、朝までに帰らないといけないから」
「帰るんだ」
「帰るよ」
残念そうに聞こえたが、気づかないふりをした。
それよりも今は良守を温めなければいけない。
俺は良守を風呂場に連れて行き、父が元々良守の仕事の後用にわかしてあるのだろう、熱々の風呂をぬるめにして、そこに放り込む。
濡れた装束は父にどうにかしてもらおうと思い、そのままにして良守の部屋に行く。
布団はすでに敷かれていたので、良守の下着と寝間着を持って風呂場に戻ると、良守はのろのろと裸で装束を片づけようとしていた。
「なにやってんの。お前。そんなこといいから、せめてタオルで体拭いてくれ」
「ん」
慌ててバスタオルで良守の体を包む。
「寒いか」
「わかんね…」
先ほどよりは温かくなった体からタオルの代わりに下着と寝間着を着せ、部屋に連れて行きさっさと寝かせる。
ぼうっとした良守は素直になっているらしくて、ありがと、とつぶやいた。
かわいらしい様子に、俺はくすりと笑う。
「どーいたしまして。病人に免じて説教はまた今度にしてやろう」
「…せっきょー、やだ」
「やだ、じゃないだろ。…ま、とにかく今日は寝ろ」
「やだ」
「何言ってんの。明日学校だろ」
「帰っちゃ、やだ」
「…っ」
素直になりすぎているのか。
いつもなら、絶対に言わない「わがまま」に俺は一瞬言葉がつまる。
そんな俺に気づいたのかどうかわからないが、良守は熱い手で俺の袖をつかんだ。
「…帰る、のわかってっけど…」
「うん」
「もう、ちょい、だけ」
月の光に、熱で浮かぶ涙が光る。
思わず俺は、良守の言葉を遮って、額にキスをした。
驚いた良守は、袖から手を放す。
「…起きるまで、いるよ」
「ぜったい?」
「いるから、おやすみ」
そう言うと、良守はすっと目をつむり眠りに入った。
その寝顔を見て温かい気分なりながらも、怒られるだろうなぁと刃鳥宛のメールを作成することにした。
首 (時音視点)
「良守?」
「ん?」
良守が、めずらしく傷の手当てをしていた。
といっても、絆創膏だけれど。
首筋に怪我なんて、一歩間違えれば死ぬのに。
「そんなとこ、怪我するなんてちょっと気が抜けてんじゃない?」
言いながら、自分の首筋をちょん、と指でつく。
すると良守が、かーと赤くなる。
「お、おう。気をつける」
なんてドモって小走りに逃げていった。
「なんだあれ」
白尾が首をかしげたところで、ああそういえばと思い出す。
「正守さん、帰ってるんだっけ?」
つぶやいた言葉が聞こえたのかどうか。
少し先にいた良守が天穴を落とした。
慌てように、なんだかおかしくなった。
唇
「ちゅーして」
ごろごろと居間でくつろいでいたら、急にそう言われた。
「ふえっ?」
寝転がりながら読んでいたお菓子大全から顔を上げる。
兄貴は、茶をずずーと飲んでいた。
視線は俺に向いている。
「だからさ、ちゅー」
「ちゅ、ちゅーって!」
「キスっていったほうが良かった?」
顔に地が集まるのがわかったので、お菓子大全に顔を埋める。
俺と兄貴は何度もキス、をする仲で。
けれど、俺からはしたことがない。
それはいつも兄貴がしてくれるから、俺からする必要がなかったから。
「ねー良守ってば」
「う----」
こつん、と机に湯飲みが置かれる音がする。
びくりと、体が震えた。
もう、恥ずかしくてたまらない。
畳と、布がすれる音がした。
兄貴がこっちに歩いてきているのだとわかって、余計顔があげられない。
「良守ってば。おにーちゃん、してほしーな」
「あっ」
お菓子大全を奪い取られて、さらに無理矢理起こされる。
あぐらをした兄貴の前に、膝立ちになる状態で顔を隠そうにも隠せない。
「ちょ、はなせって」
がっちり腰に手をまわされて動けない。
「ねーねー。おまえから、してほしいんだけど」
横を向こうとするのだけれど顔半分は見られてるわけで。
恥ずかしすぎて、涙目になる。
「よーしもりー。ほら、ちゅって。ちょっとでいいーからさ」
「……ぅー」
「兄ちゃんにして?」
根気よく、まるで子どもに言うような口調がこんなときなのに懐かしい気がして、ゆっくりと兄貴の方へ向く。
眼が合うと、兄貴が眼を細めて笑った。
「な?」
こんな関係になって、こんな感じが恥ずかしくて、直視できなくて。
だから、いつも兄貴からに甘えてた。
わかってるから、言われたらきちんと応えたいけど。
「良守?」
滅多にない、兄貴を見下ろす状況。
ぎゅっと、拳を握る。
「目、瞑れ、よ」
震える声を抑えつつ言うと、うん、と兄貴が言って目を瞑る。
目を瞑った上を向いた兄貴は、ホント子ども頃以来見てないかも知れない。
「…っ」
肩に手を置いて兄貴の顔をのぞき込むように顔を傾ける。
俺より大きな顔は、弟の俺が見ても整ってると思う。
眉は長いし、目も大きいし、鼻も高いし、かっこいいと思う。
昔はともかく、成長してからはまじまじと兄貴の顔を観察することなんてなかったし。
思わず見とれて、綺麗だなあって思ったら自然に、キスをした。
すぐに我に返って離れたら、ゆっくりと兄貴が目を開ける。
それからすごく嬉しそうな顔をされた。
「ホント、ちゅ、なんだ」
「っ!!だって、だって!」
「いや、うん。うれしいよ。ありがとう」
ぎゅうっと抱き寄せられて、腹の辺りに兄貴の顔がうまる。
腹にあたる振動で、兄貴が笑っているのだとわかる。
「ん、だよ!」
「いや、ほら。うれしいんだって」
「笑うな!」
「だって、うれしいんだって」
くつくつ、笑う兄貴がホントに嬉しそうだったので、そんな一瞬でこんなに喜んでもらえるなら。
いつもは無理だけど、たまにならしてもいいかもしれないと思った。
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頬(2009.06.03)
手(2009.06.06)
額(2009.06.09)
首(2009.06.12)
唇(2009.06.16)
借りてきたところ
noism様
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