こどもの日











「良守ー、なぁ、良守」
「んぅ…?」

心地良い昼寝から、強引に目覚めさせられる。
嫌だなぁとか思っても、呼びかける声は止まない。

「良守ってば。なんで家に誰もいないの?」

段々覚醒してきた頭は、声の主を判断した。
そうすると、余計起きたくなくなってくる。

「起きろよ。…でないと、」

声の主の発した不穏な空気に、俺は飛び起きた。

「なんだ、起きてたんじゃないか」
「今起きたんだよっ」
「で、なんでお前以外いないんだ?」

そこにいたのはやっぱり。
この世で一番危ない人物であり、不本意ながら血の繋がった兄である、正守だった。
俺は気付かれないようにそっと、布団で自分の身を守るようにする。

「じ、ジジィは老人会の旅行だよ。父さんは出版社で打ち合わせで、利守は友達と遊んでる」
「ふーん。で、お前は?」
「…昼寝だよっ」

見て分かるだろうに、わざわざ聞いてくるところが、性格が悪いっつーんだ。
ムカツイて、俺は布団を被り直す。
今度は頭から。

「コラ、寝るなよ」
「邪魔すんな」
「お兄ちゃん、淋しいよ」
「キモイ」
「酷いなー良守は」

よいしょ、という声が聞こえて、俺の視界がぐらついた。

「っ!?」
「重くなったなぁ」

そう、俺は布団ごと兄貴に持ち上げられたのだ。
それも、胡座をかいている兄貴の膝の上に。

「ちょ、はなっ」
「だーめ。逃げるから」
「当たり前だろっ」
「駄目だよ、折角お土産あるんだから、一緒に食べよう」
「…土産?」
「そ。柏餅と粽と……」
「と?」
「ケーキだよ」















俺はケーキの誘惑に負けて、それどころか上機嫌になって。
兄貴の分のコーヒーと俺の分のコーヒー牛乳を用意した。
情けないとは思いながら、兄貴が安物を持ってくるわけがないので、ジジィが帰ってくる前に食べたい。

客間のテーブルに、二人分の皿とフォークと、飲み物が入っているカップを置く。
すると兄貴が、ケーキの箱を開けて、どれが食べたいかを聞いてきた。

「モンブランと、…それ、チーズケーキ?」
「ああ、なんだっけな、紅茶のチーズケーキだったな、確か。モンブランも和栗だぞ」
「へぇ」

俺がケーキ作りが好きなのを知っていて、兄貴は色んな変わったケーキを持ってきてくれる。
兄貴が持ってくれば、ジジィも独り占めしないし。
…今日は俺が独り占めするけどな!

「ケーキは全部食べていいけど、柏餅と粽は残しとけ?」
「?そんな食べれねぇからいいけど」

わざわざ言わなくても、元々、今はそれらに手をつける気がなかったから多分不思議な顔をしたのだろう。
兄がふ、と笑う。

「んだよ」
「お前、気付いてないの?」
「あ?」
「今日は子どもの日だよ」
「……」
「利守に食べさせてやらないと駄目だろう?」
「じゃあ、ケーキはなんで買ってきたんだよ」
「お前はケーキの方が好きだろう。精神的には利守よりお子様だからな」
「なにか、お前は俺を怒らせるのが趣味なのか」
「今頃気付いた?」
「……クソ兄貴」

怒りつつも、ケーキを台無しにしたくない俺は、座ったまんまで兄貴を睨む。
睨んでも堪えないのは知ってるから、顔を背けてチーズケーキを一口くう。

…それはそれは絶品だった。
酸味が強くないし、甘みも強すぎない。
紅茶の苦みはないのに風味はしっかりある。
いいなぁ、これ。美味い。
どうやって作るんだろ。
まずは紅茶を上手く入れるところからやらないと駄目だろうなぁ。
紅茶の入れ方も勉強すっか。

「美味いか?」

トリップしかけた頭が、その声で現実に引き戻される。
ちろり、と兄貴の方を見ると、自分のさらにはケーキを置かず俺を見ているだけだった。

「くわねぇの?」
「食べるよ」

ニヤニヤしている兄貴に、なんだか嫌な予感がしつつもう一口ケーキを食べる。
こーゆー顔は、俺以外の前でしない。
だからみんな騙されるんだ。
嫌なヤツだ。

「良守」
「ん?」

もぐもぐと、味わいながらケーキを食べていたら、正守の手が俺にのびてきた。
反射的に避けようとするけど、両手で頬を挟まれる。

「んんっ!?」

哀しいかな、こんな状況でもケーキの安否が頭を過ぎり。
俺はへたに抵抗することが出来なかった。

「いただきます」
「んーっ」

あろう事か兄貴は、俺の口の中に残っているチーズケーキを、そのまま全部奪い尽くした。
しかも、チーズケーキが全部兄貴の喉を通った後も、俺の口の中に残っている甘さを奪うかのように舐め続ける。

「ぅあっ…」
「ごちそうさま」

そう言いながら、兄貴が離れていく。
出したままの、兄貴の舌から透明な液体が糸を張るのが見えて、恥ずかしくなる。

「サイアクっ」
「美味いな、そのケーキ」

この後、沢山あったケーキ全てを、兄貴はこうやって味見した。
俺は絶対、コイツが誰も家にいないことを知っていたのだろうと、後で思った。
















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粽が不味かったんです。
人生初粽で吐き気を催しました。
安物は買うべきじゃありませんね…。

で、それを書こうとしたら兄ぃが暴走してくださったので。
全くこどもの日と関係なくなりました。

07/05/07

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