三日後の夜
「よう」
疲れ切った後ろ姿に声を掛けると、勢いよくふり返る。
可愛い弟は驚いた顔をして、その横にいた白い妖犬は嫌な顔をした。
「お疲れ」
「おま、マジで大丈夫なのかよっ」
文句よりも、心配を先にしてくれたことで、内心嬉しくなる。
もっとも…。
「電話で大丈夫っつたろ」
「……だからって来んなよ、いちいち」
その心配は、好意から来るものでもなければ、弟が兄を思っているからでもない。
単に、良守が他の人間に優しいからだ。
それが俺だろうと、誰だろうと。
それでも以前よりは素直になってくれた気がする。
やっぱり嬉しくて、良守の頭を撫でる。
「やめろよっ」
「心配させてごめんなー」
「してねぇっ」
もがく良守を抑えながら髪をぐちゃぐちゃに掻き回す。
かわいいなぁと思う。
そんな俺達の様子を見ていた白い妖犬は、溜め息を一つ吐いた。
「じゃね」
そう言うとすー、っと空に消えていく。
聡い妖犬で助かったな。隣の黒いのだったらこんな風にはいかないかもしれない。
単に斑尾に俺が嫌われてるだけなのかも知れないけれど。
「ちょ、斑尾!置いてくなよっ」
「お前は帰っちゃだめ」
「はぁ!?」
斑尾の後を追いかけるように後ろを向いて、結界を張ろうとした良守の右手を俺の右手で封じる。
それから俺よりも二回り程小さい良守の腹に後ろから左手を回して、良守が逃げられないように固定した。
相変わらずほっそいなぁ、ちっこいなぁ。
でも、前よりはちょっと筋肉質になったかな。
昔はぷにぷにして、子ども体系だったから。
うん、腹の辺りが良い具合に引き締まってる。
「腹を撫でんなっ」
「時音ちゃんは?」
「とっくに帰ったよっ」
「じゃあ」
「じゃあ?」
それに返事はせず、俺は良守を抱え上げる。
まだ軽いから、簡単に持ち上げられた。
それから近くの木の根本へ移動した。
「え、うわ、ちょ、降ろせよバカっ」
「うん、バカだからさ。つき合ってよ」
その辺りで大きめの木の根本で良守を降ろして、そのまま腰を下ろす。
良守の腹に手を回したままだから、当然良守は俺の膝の間に座ることになる。
「なんだよ、もうっ」
暴れ出しそうな良守を力で押さえつけないように気をつけて抱きしめた。
腰を引き寄せてできるだけ俺に密着させる。
やっぱり良守は小さくて、俺で覆い隠せそうだ。
暴れるのをやめた良守の首筋に顔を埋めて、少しほこりっぽい匂いを嗅いだ。
俺にはそれがとても良い匂いに感じられた。
あーこのまま悪戯したいな。
けど、時間もそんなにないし。
明日は平日だし。
「兄貴」
「ん?」
良守の呼びかけで、首筋から顔上げて良守の顔を覗き込んだ。
目が合うと良守は少し目を大きくして、慌てて下を向く。
-------かわいいな。
「包帯」
「ん?」
「まだ、やっぱり怪我治ってねぇじゃん」
「ああ、まあ。でも粗方は治ったよ」
俺の腕の包帯を軽く撫でて良守が言う。
今まで良守にこういう面で心配されたことがなかったから少しくすぐったい。
大人になったんだなぁと思うのと同時に、みっともないところ見せたのかもと反省する。
それでも、俺にとって救いが見つかった方が重要だった。
ここに来れば、良守に会えば俺は頑張れる。
なんて、元々ここに住んでいたクセに、と自嘲するのはもう性格だろう。
愛しくて、けれど側にいるのが苦しかった弟。
それは、ここにいたら守りたいものに守られる立場になるのだと、知っていたからだ。
だけど今、立場は同じ。
お互いに守りたいものを持っている立場。
そんなこと、良守は感じちゃいないだろうけれど。
本当は、追いかけてるのは俺の方だった。
「良守」
良守が撫でている腕はそのままにして、反対の手で良守の顎を引き寄せる。
まだ慣れてない良守は慌てて目を瞑った。
そっと唇を合わせ、一度離れてから今度は深く口付ける。
反射なのかどうかわからないけれど、良守は縋るように俺の腕を掴んだ。
それが、とても愛しいと思う。
触れた時と同じように、そっと唇を離す。
は、と良守が苦しそうに息を吐く。
「甘い」
「あ…さっき時音とケーキ食べた」
「俺の分は?」
「あるわけないだろ」
そりゃそうだ、と笑って再び良守の首筋に顔を埋めた。
良守は少し身じろぎをする。
「今度から、連絡、くれたらお前の分も持ってきてやるよ」
「本当?」
「なんで嘘つかなきゃなんねーんだよ」
「じゃあ、メールするよ。リクエストとかしていい?」
「…時間合ったら作る。なかったらあるもんで我慢しろよ」
「嬉しいな」
良守が洋菓子を作るのは知っていたけれど、まだ食べさせて貰ったことがない。
だから、楽しみだ。
次が、早く来ればいい。
「じゃあ、俺はどうしよっか。休みの日においしい洋菓子店に連れてってやろうか」
「…お前、洋菓子好きだっけ?」
「好きだよ。知らない?」
「…知らない。だって、和菓子ばっか持って帰るじゃん」
「あれは、おじいさんが好きだからね」
「ふーん」
そっか、知らなかったんだ。
そういえば、この弟に自分のことを教えるのが嫌だったような気がする。
まるで手の内を明かすように感じてたのだろうか。
けれど、今はそんな嫌な感じはない。
寧ろ、嬉しい。
これから、少しずつ色んな事を話していけるのだろうか。
もうお前の側は苦しくないよ。
それを自分の身体に教え込むように、俺は良守を抱きしめる手に力を込めた。
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166話の夜その後で兄が夜未さんと会う前の日になります。
あーもう、ホント兄ってば。
夜未さんと話ながら良守のこと考えてるでしょ。
えと。
両思いじゃないです。
兄の教育で、良守はコミュニケーションだと思ってます。
後ろからのぎゅーもちゅーも兄弟のコミュニケーションだと思ってます。
兄は理性を飛ばさない為に後ろからぎゅーっとしてるのですが。
良守が弟以上として大事だと自覚したらしいので、これから手を出していくと思います。
(これまでも色々してますが、それはまた書きます)
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07/05/17 初稿
07/05/18 改訂
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