黒い瞳が笑うとき
今、テレビに映っている人間を初めて見た時。
兄に、似ているなぁと良守は思った。
良守の兄に、あんな爽やかさはないが、吸い込まれそうになる程、黒くて綺麗な目が似ていると。
野球にはさほど興味はなかったが、その人間を見るたびに兄を思い出してなんとなく目線が行く。
取材に緊張している初々しくて硬い表情も、試合に勝って嬉しそうな顔も兄にはない。
けれど、もし兄が結界師以外の職に就いていたら。
普通の学生で、何か打ち込めるものを持っていたら。
こんな風になれたんじゃないだろうか。
そんなことを良守が思ったとしても、術師の道を選んだのは正守本人だ。
家風があったにせよ、捨てるには勿体ない程の力量があったにせよ、それを捨てることが出来なかったのは正守だ。
だから、良守が口を出す問題でもないし、7つも歳が下であれば余計そうだと理解している。
それでも。
兄が、闇を吸い込んだような目をしているよりは、年相応の無邪気さで笑っていて欲しい。
そこまで考えて、でも、と思う。
自分の兄が、年相応に笑っていたりはしゃいでいる所は想像できない。
結界師でなくとも、あの性格は変わらないかも知れない。
継承者になれないことで捻くれ度は増しているのだろうが、そうでなくとも無邪気など世界一ほど遠い人間だろう。
現に、あまり結界師として力を持っていないと思いこんでいる利守は小学生ながら、クールで時々卑屈だ。
きっと、兄でもそうなるだろう。
けれど少しだけ、目の前のテレビに映っている人間のように嬉しそうにはしゃいでいる兄を想像してみる。
その気持ち悪さに、良守は思わず吹いてしまった。
「何笑ってんの」
「え、うわっ」
「お前、野球とか好きだっけ?」
後ろから唐突に聞こえた声に、良守は驚いて後ろをふり返る。
そこには、ここにいないはずの人間がいた。
兄、正守である。
相変わらず、何を考えているのかわからない笑みを浮かべていた。
「け、気配消すなって」
「いい加減、慣れろよ」
「ってか、なんでいるんだよ」
「おじいさんに用があったんだけど…いないんだよね」
「出かけてる」
「あ、そう」
困った様子の正守に、良守はさっきまで考えていたことがバレていないだろうか、とドギマギする。
口に出して言っていたわけでもないから、バレるわけはないのに、とわかってはいても、この兄に隠し事はできない
のを知っているせいか、どうも落ち着かない。
「あ、これ土産。今日は和菓子だけどいいよな」
「なんでもいい」
「じゃあ、父さんにお茶でも煎れて貰おう」
「父さんは締め切りだから、邪魔すんな」
「え、じゃあ良守入れてよ」
「テメェが入れろよ」
「じゃ、一緒に」
手を引かれて、座っていた良守を正守が立たせて引っぱっていく。
一緒に、の意味がわからない。
手を振りほどこうとしても、正守はびくともしない。
年齢差のせいのか体格差のせいなのか、両方なのか。
どれにしても、良守には悔しい事実だった。
「茶くらい、一人で煎れろよっ」
「だって淋しいじゃない」
「淋しいって歳かっ」
ああ、もう、と良守は思う。
こうやって自分を振り回すときの正守は至極楽しそうだ。
無邪気かどうかは別として。
だから、逆らえない。
「おじいさんが帰ってくるまで、時間があったら修行見てやるよ」
「いいよっ」
無邪気じゃなくても、見てやると言った笑みが何か企んでいそうでも。
楽しそうな兄の表情を見るのは、嫌ではないのだ。
だから結局、二人分の茶を煎れて、和菓子を食べて。
軽く口喧嘩をしながら、修行を見て貰うのだろうと良守は思う。
きっと、居心地の良さと悪さを同時に味わいながら。
--------------------------------------------------------------
拍手にしようと思っていたのですが…色々あってこっちに。
否と言われても、某王子の目はまっさんに似ていると思いこんでいます。
07/06/09
|