チーズケーキ
久しぶりに実家に帰ると、父から弟がキッチンでケーキを作っているという話を聞いたので、
父には悪いが早々に話を切り上げてキッチンへ向かった。
客間からキッチンへ向かう途中、いつもなら甘い匂いが漂ってくるはずなのに、それらしき
匂いはなかった。
まだ、焼いている段階ではないのかな、と思いながらキッチンを覗くと既に弟は後かたづけ
をしているようで、何やら洗い物をしている。
微かに何かを焼いている匂いはするが、いつも弟が作っているケーキ類の甘さではなく、
パン等の匂いでもなく。
一体何を焼いているのだろう、と思って弟に声を掛けた。
「何、焼いてるの?」
「えっ兄貴っ!?」
別に気配を消していたわけでもないのに、良守は俺に気付かなかったようだ。
もしかしたら、帰っていたこともわからなかったのかな。
すごい集中力だと褒めるべきか、修行不足だと説教すべきか。
本来なら後者だが、それをすると今焼いているケーキを食べさせてもらえないだろうと思い、
どちらも言わずにおいた。
「なんだよっ」
「だから、何焼いてるのって」
「チーズケーキだよっ」
「へぇ、でも甘い匂いしないよ?」
「チーズケーキはそゆもんなのっ。ちゃんと焼けたらいい匂いするし」
「まだ焼きだしたばかり?」
「そうだよっ」
焼く前のチーズケーキなんて見たことがないから、よく知らないけれど、良守が言うなら
そうなんだろう。
しかし、チーズケーキか。
レアチーズケーキなら店でも沢山の種類があるし、専門店もあるくらいで頻繁ではないにしろ
食べている。
けれど、焼いた方はあまり店では、メインに扱われていることは少ないし、それも特別食べたい
と思うことがないからもう数年は食べていない。
14歳しか生きていないのに、プロ級の腕を持っている良守はどんなチーズケーキを焼いているのだろう。
きっと、おいしいに違いない。
「俺にもくれるよね」
問いではなく、当然くれるよね、と似非臭く笑ってやると良守は困った顔をした。
てっきり、「なんでだよっ」とか怒り出すかと思ったのに。
どうしたのだろう、と思って見てると、良守は俺に背を向けて洗い物を再開しようとする。
スポンジに洗剤をつけて、泡を立ててゆっくりと洗いながら口を開いた。
「……焼くのに、あと一時間はかかる」
「それくらい、いるよ」
「焼いたらあら熱とって冷やすのに時間が掛かる。夜になる」
「?いいよ、泊まるから」
「……仕事は?」
「休みだから帰ってきたんだよ」
「………そ、か」
どうやら、俺の時間のことを気にしてくれていたらしい。
さっき、困った顔をしたのはそれでか。
きっと、焼いて直ぐ食べてもいいものを作ればよかった、とか思ったんだろうな。
優しくて優しくて、でも素直じゃなくて。
-----かわいらしい、本当に。
愛しさのまま、後ろから抱きしめると良守の身体がビクリと震える。
泡で使ったボールや泡立て器を洗っている両手を、自分の手で包み込んだ。
「おまっ、今洗ってんのにっていうか、泡っ」
「夜、食べよう。烏森に行く前がいいかな?時音ちゃんと一緒に食べるなら、俺もついて行こうか」
「ど、どっちでもいいから、手ぇ、離せよっ」
「ああ。そうだな」
泡の中で良守の手をぎゅ、と握っていると、邪魔だとばかりに怒られる。
だから、右手だけ離して、水道の水で良守の手の泡を勢いよく流して、ついでに自分の手も洗う。
水道の水を止めて、良守の手を側にあった布巾で拭いてやると、少し混乱したような弟が再び
怒鳴ってきた。
「な、何やってんだよっ俺は洗いモンが……っ」
「焼けるまで一時間、あるんだろ?」
「あ、あるけどっ」
「じゃあ、しようよ」
「はっ?」
珍しく抵抗のない右手に、ちゅ、とキスをした。
それを見た良守は、ぽかんと口を開ける。
ああ、本当に混乱しているんだな。
まぁ、父さんもおじいさんも利守もいる家で、なんて思いつきもしないんだろう。
「大丈夫、焼けるまでには終わるよ--------」
口元に右手を押し付けたまま、良守を見下ろすと良守は青ざめた顔で硬直していた。
「ああ、ホントだな。いい匂いだ」
「………」
腰の立たない良守を椅子に座らせ、代わりに俺がオーブンレンジから焼けたチーズケーキを
出してやる。
湯が鉄板にひいてあったらしく、レンジをあけると水蒸気と共にチーズケーキ独特の、
甘酸っぱい香りが漂ってきて本当にいい匂い。
適度な運動もして空腹な腹にいい刺激だ。今はまだ食べられないらしいけれど。
きちんと後始末もしたし、防音結界のおかげで誰にもばれなかったのに、良守はふてくされている。
ああ、そうか。
洗い物が残っているからか。
懐から一枚の札を出して式を作ると、それに洗い物をさせて、俺は良守の言うとおりに鉄板から
チーズケーキが入った型を机の鍋敷きの上に移した。
ついでに、その鉄板も式に渡す。
「………テメェ、覚えてろよ」
「なにが?」
「もう、絶対、それ食べさせねぇからなっ!」
なんて言っていた良守だけれど。
烏森に行く前に、ちゃんとケーキは食べさせてくれた。
その上、どこで食べたのよりもふわふわしてておいしいよ、と褒めると。
照れくさそうに笑って、また作ってくれると約束してくれた。
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拍手のお礼でした。
07/06/25
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