椿油 「…きろ」 「ん…?」 「起きろ、恋次!!」 「ぎゃあっ!?」 あまりの頭部への痛みに恋次は叫びつつ目を覚ました。 目の前にいたのは、恐ろしい形相をしたルキアと、ルキア程ではないが怒った顔の一護。 そして、心配そうな乱菊と、しかめっ面の日番谷だった。 恋次は、藍染と遭遇した場所とは違うところに放置されたようだった。 壁に凭れるように座り込んでいる恋次を、面々が取り囲んでいる。 「あ、あれ?」 「アレではない!いきなり霊圧消して!」 「突然霊圧が戻った所に来てみれば、寝ているし!」 「虚にでも取り込まれたのかと思ってみんな探したのよ」 「…で、どうしたんだ?」 彼らの言葉から察するに、恋次が藍染にさらわれたことは知られてないらしい。 そういえば、現世にいる時は霊圧を完全に消しているようだったと、思い出す。 一瞬、夢だったのかもしれないと思ったが、自分の霊圧が現世から消えたのは事実のようだった。 しかし、どう言い訳すべきか。 「って、それなんだ?」 「は?」 一護が視線で示したのは、恋次の右手。 何かを持っていた。 その何か、の感触に恋次はぎくりとする。 慣れ親しんだその形に。 「…なんでもねぇ」 「ああ?」 「心配かけて、すまねぇ」 ポケットにそれをしまって、よ、っと恋次は立ち上がる。 「義骸に慣れねぇから、疲れちまって、ねこけたみてぇ」 「…人騒がせなっ」 「すんません、乱菊さん、日番谷隊長」 「…気をつけろ」 しかめっ面のまま、日番谷がその場を去ると、納得のいかないような顔をしている乱菊も彼を追う。 「俺、浦原さんとこ帰るわ」 「ああ、帰って寝てろっ」 怒ったままの一護が去ろうとしても、ルキアは恋次の顔を見つめていた。 「ルキア、心配ねぇから」 「…髪を、どうして下ろしている?」 「え、あ、さあ、外れたんじゃねぇの?」 人前に出る時は必ず、結っている髪を下ろしていることにルキアは何か疑問を持ったようだった。 それ以上に、言い訳があまりにも下手すぎる。 ただ気を失ったくらいで、霊圧を把握できなくなることはない。 そう、言外に指摘してくるルキアには気付いていたが、恋次は知らない素振りをした。 「俺、稽古つけてやらないといけないヤツがいるから。帰るわ」 「恋次っ」 「今日はホントすまねぇ!」 慣れない義骸で、瞬歩を使う。 ルキアは追ってはこなかった。 先程ポケットにしまったそれを握りながら、恋次は浦原の店へと向かう。 これは、恐らく藍染が恋次に持たせたのだろう。 あの頃、貰っていた最高級の椿油と同じもの。 つまり、また逢いにくるということだ。 藍染が、恋次の艶やかな髪を触る為に。 また、向かえに来ると言うことだ。 恋次を狂わす為に。 再び、恋次を手中に収める為に。 それは戯れかもしれない。 暇つぶしかもしれない。 玩ばれているのかもしれない。 藍染は、狂っていく恋次が見たいだけなのかもしれない。 だけど、本気かもしれない。 本気で、恋次を手に入れたいのかもしれない。 まだ、恋次には真実はわからなかった。 真実を見つけられる程、藍染のことを知らない。 その真実を見つける為に、藍染の真意を知る為に。 恋次はその椿油を捨てることはできないだろうと、下唇を噛みしめた。 ------------------------------------------- 藍恋初書き終了。 07/03/10







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