裏切られた人〜恋次〜
藍染惣右介の部屋は何もなくなっていた。
総隊長の命令で、全てのものが押収された。
しかし、私物といえるものはほとんど無く、捜査もすぐ終わった。
雛森が意識不明な今、隊首室に訪れるものは誰もいない。
それがわかっているからこそ、恋次はこっそり足を運んだ。
そこには、藍染の霊圧が少しだけ残されていた。
「っ………」
恋次はこみ上げる何かを耐えるように、その部屋から逃げ出した。
恋次は、自分の寝所に戻るわけでもなくふらついていた。
目的地などなかった。
何故、藍染の部屋に行ったのか。
それは甘ったれた理由からだと恋次は自覚している。
----全て嘘だったら。
そう思ったのだ。
あの、鏡花水月の創り出したマボロシだったら。
糸よりか細い期待を持っていたのだ。
けれど、あの最初から何もなかった隊首室は、藍染の霊圧すらもすぐになくしてしまうだろう。
藍染の全てが尸魂界から消え失せる。
その事実に恋次は泣き叫びたかったが、できない。
けれど、プライドが許さないのではなく。
認めたくない、どうしても信じたくないという思いからだった。
恋次は、瀞霊廷をふらふらと歩き回った。
目的地などなかった。
ここには、もう藍染はいないのだから。
「オイ、阿散井」
つい数ヶ月前まで日常的に耳にしていた声が背後から恋次を呼び、恋次は我に返ってふり返る。
そこには、珍しく副隊長を連れていない、十一番隊隊長がいた。
「更木、隊長…?」
あたりはいつの間にか夕闇に包まれかけている。
この人は、夜がよく似合うと恋次は思った。
「話がある。ついてこい」
恋次が連れてこられたのは、双極があった処刑場の麓だった。
長い階段を、剣八は瞬歩ではなく普通に歩いて登ると言った。
「更木隊長?」
「ここなら誰も来ねぇだろ」
どうやら、誰にも聞かせたくない話をするためにここに来たらしい。
恋次には何故わざわさ階段を上るのか、わからなかったが。
剣八が先を行き、その少し後を恋次が歩く。
「テメェ、藍染んトコに行ったんだろ」
「え…」
「俺ぁ、全部知ってる」
闘いにでもならないと、饒舌にならない更木は、言葉を選びながら何かを言おうとしている。
それがわかり、恋次は嫌な予感がした。
わざわざ、言わないといけないこととは。
「俺は、市丸から全部、聞いていたから知ってんだ。…アイツらのことは知らなかったけどよ」
「ぜん、ぶ…?」
「だぁから、テメェと…藍染のことだよ」
「っ!」
恋次は前を歩く剣八を見つめた。
剣八はふり返ろうとしてはいなかった。
恋次の心臓が大きな音を立てて、手には脂汗が滲み出た。
その恋次の様子に気付いているのかいないのか、剣八が続ける。
「吹っ切れてねぇんだろ、テメェ」
「……」
「だから、藍染の部屋に行った」
恋次の足取りが重くなる。
剣八の言いたいことがわからず、恐くなる。
「…更木隊長は、…」
俺を、どうしたいんですか。
どうするつもりですか。
そんな問いすらできない程、剣八が恐かった。
剣八の霊圧に、悪意など欠片も含まれてないことにも気付かない程に。
混乱していた。
すると、やっと恋次の様子に気付いた剣八が歩みを止め、一旦恋次をふり返る。
「俺ぁ、テメェを脅すとか考えてねぇよ。っつか、俺もテメェと同じだ」
「え?同じ…?」
「だから、ここに連れて来たんだろうが」
そう言うと、剣八は再び階段をのぼり始めていた。
結構な段数なのに、既に半分程、登っていた。
剣八は少しスピードを速め、恋次もそれに慌ててついていく。
剣八はそれからずっと黙ったままだった。
ふり返りもせず、ただ階段をのぼり。
その場所へと辿り着く。
「更木隊長?」
恋次はあまりこの場所を見たくなかった。
鮮明にあの時のことを思い出してしまう。
しかし、剣八の「俺と同じ」という言葉が逃げたくなる恋次を引き留める。
「一体…」
「俺は、テメェと同じように、市丸を信じ切っていた」
風が吹いていた。
剣八の羽織が揺れ、髪についている鈴が鳴く。
「あいつが俺の前からいなくなるのは、あいつか俺が死ぬ時だと思っていた」
それは、剣八にとって当然なことだった。
剣八と市丸は、全く違う人間だった。
けれど、同類だった。
理解し合うことができ、その結果、同じモノをお互いに感じ、求め合った。
だから、意図を持って離れることはないのだと思っていた。
そんな剣八の気持ちに初めて触れた恋次は戸惑う。
仲が良いのは知っていたが、そこまでとは思いも寄らなかった。
この人が、誰かに執着するなんて。
自分を慕う『仲間』は大事にするけれど、一旦そこから離れたら容赦などしない人間だと恋次は思っていた。
「そう俺が思ったことは事実だ」
剣八は、戸惑う恋次の霊圧を背中に感じながら、双極があったところを真っ直ぐ見つめる。
あの時、ここであったことを剣八は目にしなかった。
けれど。
「ここであったことも、事実だ」
市丸が『尸魂界』を裏切り、逃げたこと。
全てがここであったこと。
「だがな、阿散井」
剣八は、端の方にいる恋次を振り向く。
恋次に向けて、無表情で言う。
「真実と事実は違う。自分が信じたものが真実だ。テメェが見極めたモノが真実だ」
「真実、ですか?」
「そうだ。俺が感じたモノが全て真実だ」
「でも、それは作られた…ものかも、しれねぇじゃねぇですか」
恋次は手をぎゅっと握って下を向く。
真っ直ぐに自分を見る剣八の視線に耐えられなかった。
「テメェが偽モンだと思えば、それが真実だ」
「…」
「俺はあいつを斬る。それが、餞だ」
尸魂界を裏切った今、市丸は二度と瀞霊廷には戻って来れない。
分かれた道は、もう交わることを拒否したのだ。
それならば、自分が分かれた道を断つことが最後のけじめ。
そう、剣八は思っていた。
「テメェは、どうする?」
「俺は…俺は、」
なぜ、信じられるのか。
なぜ、この人はこんなに強いのか。
「…俺には、まだわかりません…」
きっと、何か『確たるモノ』を市丸は剣八に見せたのだろう。
感じさせたのだろう。
だから、この人は。
「俺は、きっと何も見えてなかった」
市丸を信じ切れるのだろう。
裏切られた今、なお。
それがどんな形であろうと。
「俺は、雛森や吉良と同じで、何も見ようとしてなかった」
「お前の見たアイツが存在しないと思うなら、忘れろ。許せねぇなら殺せばいい」
「でも、」
剣八は、いつもの笑いをした。
至極楽しそうな笑いだった。
「辛気くせぇ顔してんな。守りてぇもんも守れねぇぞ」
「え、隊長、…もしかして…」
「俺ぁ、もう帰って寝る。やちるも待ってるしな」
剣八は恋次に背を向けて、今度は階段を使わずに隊舎へ戻ろうとする。
恋次は小さな声で。
「ありがとうございます」
と、呟いた。
けれど、剣八はその声が届く前にその場から消え去った。
「真実…」
見極める為に、恋次は。
心が悲鳴を上げようとも、藍染に会わなければいけないのだろうと思う。
それが、道を断つことになったとしても。
しかし、それが自分に出来るかどうかが、恋次にはまだわからない。
また、恋次には、わからない。
恋次は風に身を任せるように、目を瞑った。
暗闇へと消えた真実を、求めるように。
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えー…はい色々ごめんなさい。
受け同士がカラムの好きです。
恋次は自分で立ち上がれる時は立ち上がれると思うのですが。
取り敢えず剣ちゃんの助けがあったほうがいいなぁと思いました。
07/06/12
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