花の香り
茶渡は一人暮らしだ。
バイトをしている。
勉強もしている。
喧嘩も偶にする。
学校には毎日行く。
学校には一護をはじめとする友達がいたし、バイト先にも先輩のような人たちがいた。
けれど、家では一人だった。
親も祖父も、もういないから。
誰かに頼ることなどできないと知っていたし。
頼る人もいなかったし。
何より、自分を支えられる人はいないと知っていた。
一護とは、背中を預けはしても支え合ったりはしなかった。
一人だと知っていたから。
けれど、そんな茶渡に最近、気になる人ができた。
…正確には人ではなく死神だったが。
……それに、できたというよりは、気にならざるを得ない、存在が現れたという方が正しいかもしれない。
バイトが終わって帰宅して。
ドアに鍵を差して、回す。
一呼吸置いてから、ドアを開けた。
気配で、このドアの向こうに誰がいるのかを、茶渡は分かっていた。
そこには、京楽春水がいる。
彼は、偶にやってくる。
茶渡に会いにやってくる。
わざわざ、尸魂界から。
鍵を掛けたドアなんて無意味だ。
だって、部屋の中に直接現れる。
最初は意味が分からなかった。
隊長というものは暇なのだろうか、と思って相手をしていた。
けれど、頻繁すぎて勉強もできなくなり、少しうっとおしくなってきた。
しかたがないから、効かないだろは思ったけれど、霊験アラタカとかいう寺の札なんぞを部屋に貼ってみた。
この部屋に来れなくなるといいなぁ、と思ったけど。
無意味だった。
本人にも貼ってみた。
やっぱり無意味だった。
「なんだいこれ?変なの」とまで言われた。
そこまでやっておきながら、茶渡は「来るな」と言うことが出来なかった。
それは、京楽が楽しそうに笑うからだった。
だから、茶渡は最近、諦めた。
別に勝手に現れたって、何か危害を与えてくるわけじゃなかったし。
勝手に風呂に入られても食糧をあされても勝手にくつろがれても害ではないのだと思うことにした。
諦めたら少し楽しくなってきた。
一人じゃない時間が増えて、京楽の笑顔につられて楽しくなってくる。
「おかえり、茶渡くん」
「ただいま、京楽さん」
こんな挨拶も、普通になっていた。
京楽は、笑顔で茶渡から荷物を受け取る。
「今日は何を作るんだい?」
「昨日作った肉じゃがと、マメご飯…はもう炊けてるはず…、あと、みそ汁とほうれん草のごま和えと…」
茶渡が予約炊飯をしていた炊飯ジャーを開けると、エンドウ豆とご飯の良い匂いがそこらに漂う。
それに満足して、茶渡は「うむ」と言った。
「すぐに作れるから、手伝ってくれ」
「うん、わかったよ」
客とはいえ、しょっちゅう来るので茶渡は京楽にも夕飯の支度を手伝って貰っている。
茶渡が野菜を切っている間に、京楽に鍋で湯を沸かすように指示をしたり、器を出して貰う程度だが。
そして、京楽が茶の葉を出して湯を沸かしている間に、茶渡は手際よく夕飯を作り終えた。
最初、茶渡も京楽のような死神にこちらのものが食べられるのか心配だったが、京楽は義骸で来ていた。
仕組みはよくわからないが、茶渡はそんなことはどうでもよかった。
一人じゃない食事が、嬉しかった。
二人でする夕食は、茶渡にとってとても楽しいものだった。
お互いそんなに喋る方ではなかったから、静かな食卓だけど、落ち着けた
それだけでよかったから、京楽が茶渡に会いに来る目的を聞きはしなかった。
訊いてはいけないと、これが終わってしまうと無意識に感じ取っていたのかもしれない。
「茶渡くん」
京楽が、食後のお茶をずずっと音を立てながら飲む。
このお茶の葉は、京楽が尸魂界から持ってきたものだった。
茶渡には仕組みはわからないが、ちゃんと現世のお湯で入れることができ、茶渡にも飲めるようになっていた。
「ボクね」
京楽は、笠と肩に掛けている女性物の着物、そして隊長の羽織を脱いで、死覇装のみを着ていた。
それでもまだ、がっちりとした体格が、茶渡は京楽に似合わないような気がしていた。
けれど、京楽も隊長だから、実際に戦って強かったから、当然だとも思っていた。
「うんと、考えたんだけど」
京楽が死覇装を着た所しか見たことがなかいいけれど、茶渡こちらの服もきっと似合うだろうと思っていた。
何かを着せたいと思っていたが、そんな金銭的余裕が茶渡にはないから思うだけに留まっていた。
きっと、スーツとかが似合うだろう、それも少し崩した感じのものが。
「聞いてる?」
「聞いている」
茶渡はなんなく、京楽の話を聞きたくなかった。
だから、余計なことを考えた。
聞いてはいけない気がした。
けれど、「聞いてる?」と訊かれれば聞くしかなかった。
「あのね、ボクね」
京楽は、茶渡の様子を見て、言うのを渋っていた。
茶渡は、なら言わずにいろ、と思う。
けれど、それは言わなかった。
京楽が「やっぱり、言うのやめる」というのを待っていた。
けれど、京楽は意を固めたようだった。
「ボクは、君が好きだよ」
京楽は、困ったようにそう言った。
茶渡は、無表情で俯いた。
知っていた。
茶渡は知っていた。
けれど、知らないフリをした。
そんなワケがないとも思っていたけれど、優しく接してくる京楽から、その気持ちはいつも流れ込んでいた。
それは心地よくて。
けれど、茶渡は自分が京楽と同じ思いを持っていないと思っていた。
だから、思いを告げられれば否というしかないと感じていた。
だから、聞きたくなかった。
否と言えば、京楽が来なくなるから。
「どうして」
「なに?」
「どうして、俺なんだ」
茶渡は俯いたまま、京楽に問うた。
答えを求めていたわけではなかったけれど、どう言えばいいのか分からずそうなった。
「どうしてだろうね。わからない。けれど、君が好きだよ」
京楽も、何故自分が茶渡に惹かれたのか、決定的な理由はわからない。
ただ、一護に「命を賭ける」程の気持ちを持っている茶渡が気になっていた。
尸魂界のような世界では、死神のような生き物は、何かに「命を賭ける」ものも沢山いる。
けれど、人間のような弱くて、平和な世界の生き物が。
まだ、こんなに子どもが。
そんな強さを持っていることに驚いた。
…最初は子どもには見えなかったけれど。
それで構いたくなった。
そのうち、強さだけではなく、年相応の危うさも見えてきた。。
強いクセに脆くて、そのアンバランスさから目が離せなくなっていった。
気付いたら、茶渡といることが何よりも心地よくなっていた。
「ねえ、嫌ならもう来ないよ」
そりゃ、こんなオヤジに好かれても嫌、だろうと京楽は思う。
けれど、終わらすのも嫌なはずだと、知っていた。
京楽は、自分が茶渡の孤独を紛らわしていたことを知ってた。
茶渡にとって京楽との時間は、なくしたくないものになっていることを知っていた。
だから、京楽は今、茶渡に思いを告げたのだ。
大人のずるさを承知して。
「ねぇ。茶渡くん」
「…嫌じゃないけれど、わからない」
「なにが?」
「わからない」
「じゃあ、これからも来ていいかい?」
少し、躊躇って。
茶渡は顔を上げた。
少し、頬が赤く染まっていた。
京楽と目が合うと、茶渡はまたすぐに顔を下へ向けた。
京楽が来なくなると、茶渡は嫌だと思った。
自分は一人だけれど、この人といると楽しい。
楽しい時間がなくなるのは嫌だと思った。
だけど、それが京楽の言う「好き」と同じものだとは思えなかった。
自分は淋しいだけ。
だから、京楽の思いには応えられない。
けれど。
京楽が来なくなるのは嫌だ。
そう思って。
茶渡は覚悟を決めた。
どうなるかわからないけれど、いなくなられるより多分ずっと、いいと思う。
だから茶渡は下を向いたまま、「うん」と小さな声で、京楽に了承の意を伝えた。
京楽は、そんな茶渡がかわいくてかわいくて、仕方なくなる。
来るなとは言われないだろうと予想していたけれど、予想以上の茶渡の反応に堪らなくなる。
我慢ができなくて、嬉しそうに笑って茶渡を抱きしめた。
茶渡はびっくりして固まったけれど、慣れない抱擁にどうしていいのかわからなくなったけれど。
京楽から少しだけ香ってくる、花の香りがなくならないということに安堵した。
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また、悪いクセで、連載すればいいものを短くしてしまいました。
…5話以上になると書く気が失せるんです。すみません。
茶渡がかわいくて仕方がない今日この頃です。
京楽さんは大人なのでこれからゆっくり攻めていきます。
京楽さんって、結構ごついですよね。
顔に似合いませんよね…。
07/03/23
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