少し寒い、春の日。
その日は休日で。
桜が満開だった。
風が少し強く、綺麗に花びらが舞っていた。
そんな日の午後。
いつものように、京楽がやってきた。

「こんにちは、京楽さん」
「こんにちはー何ソレ?」

丁寧な挨拶をよそに、京楽は茶渡の手元を見た。
大きなそれは、重箱のようだった。
京楽は、茶渡に告白してから時間があると茶渡の元を尋ねていた。
頻繁、というワケにはいかないし、長居もできないけれど、共に食事を取ることが楽しみになっている。
最近は手土産にいろんな食材などを持ってくるようになった。
それを茶渡は喜んで、作る料理にも力が入っていった。

「弁当」
「なんで?」
「花見に行こうと思って作ったんだ」
「誰と?」
「京楽さん」

茶渡の答えに、京楽の顔がぱあっと明るくなる。
---茶渡くんと花見!なんて素敵だろう。
そう思ってから、ハッとする。

「ボク、着物だよ」
「俺のを着ればいい」

体格があまり違わないので、京楽は茶渡の意見に同意した。
少し京楽の方が筋肉がついているので、大きめの服を茶渡は用意していた。
着慣れない京楽の着替えを茶渡は手伝う。
黒いタイトなパンツをはかせ、ぴちっとした黒いTシャツを着せた。
その上から、モスグリーンのストライプのウエスタンシャツのボタンを全開にさせ、パンツに合わせた黒いジャケットを着せる。
洋服を着た京楽は、茶渡の目から見てとても男前で、ハンサムで素敵だった。
自分のコーディネートに満足した茶渡は、ウム、と頷く。

「似合うかい?」
「とても」

京楽も姿見で自分の姿を見て、満足げに笑った。
それを横で見て、茶渡はホストみたい、と思う。
でも自分の服を着たら、京楽は全部そうなるかもしれないとも思った。
もしくはチンピラかもしれない、と思って少しおかしくなった。

「で、どこに行くの?」
「近くに丘があって、そこの広場が今、見頃だって」
「じゃあ直ぐに行こう」

重箱を風呂敷のようなものに包もうとしたとき、電子音が鳴った。
茶渡が、ジーンズのポケットから携帯を取り出す。
京楽はそれを見て、あとで番号を教えて貰おう、と思う。

「一護?」

茶渡の口から出た名前に、京楽は少し嫌な予感がした。

『今暇か?』
「花見に行く所だ」

ああ、言わなくていいのに…と京楽は思う。

『へー俺も行っていいか?』
「ああ、もちろん」
『食いモンはちゃんと持ってくからよ』
「わかった。じゃあ、丘の上の広場で待ってる」
『おう!』

ああ、やっぱり…と京楽はうなだれた。
二人きりではなくなったことが、残念で仕方がない。
けれど、茶渡が携帯をしまって京楽の顔を見る時には笑顔を顔に貼り付けた。

「一護が来るんだが、構わないか?」

事後承諾に、申し訳なさそうな表情で茶渡が言う。
そんな茶渡に駄目だなんて、京楽は言えない。
だから、笑顔を顔に貼り付けたままで。

「もちろん、キミの友達だからね」

そう言った。
















丘の上にある広場では、桜が満開だった。
少し風が強く、花びらが沢山舞っていた。

「綺麗だねぇ」

京楽がそう言うと、茶渡も桜の花を見たまま頷いた。
昼より大分前だったせいか、人はまばらで大きな桜の木の下の場所を取ることが出来た。
その場所を、茶渡は一護にメールする。

「一護くん、いつくるって?」
「さあ。適当に準備をしたらくるんじゃないか?」
「そう」

なら、まだ少しくらいは二人っきりか、と京楽は思う。
桜が雪のように舞う、日常から離れた空間で二人は桜を見る。
まだ生えそろっていない芝生の緑と、桜の薄いピンクが綺麗だった。
舞った花びらが、ゆっくりと二人に降り注ぐ。
まだ少し寒いけれど、二人は温かい気がした。

「そういえば、その袋なに?」

大きな重箱は京楽が持った。
茶渡は白いビニール袋を持っていた。
その中には。

「ジュースと、お茶と、あなた用にビールだ」
「ビール?」

がさごぞ、と茶渡がビール缶を渡す。
京楽にもビールという飲み物の知識はある。
しかし、飲んだことがなければ、缶を開けたこともないのでクエスチョンマークが頭にとまる。
それを見て、茶渡が缶を開けて渡した。
それを一口飲むと、京楽は目を細めた。

「へぇ。これがビールか。美味いね」
「…俺は飲んだことがないから知らないが」
「あ、そうか。キミ未成年だもんね」
「ああ」

茶渡は未成年だから、空きっ腹に酒は良くないことを知らなかった。
酒飲みの京楽はもちろん知っていたから、それ以上は飲まずにおいた。
ちゃんと、一護が来てから重箱を開けたいだろう茶渡の気持ちが分かっていたから。

「あ、一護くん来たよ」

茶渡よりも先に京楽が一護の霊圧に気付く。
そして、もう一人の霊圧にも。

「えー…」
「どうした?」
「いや、なんで朽木くんが…」

一護は一人で来たのではなかった。
普段は死覇装を来ている男が、少しラフにスーツを来て一護の後ろを歩いていた。

「よう、チャド」

白哉も京楽に気付いて、軽く目を見張った。
京楽が霊圧を抑えていた為気づかなかったのだろう。
一護は茶渡の横にいる京楽を見て首を傾げる。
見たことがあるような、ないような、と。

「こんにちは、一護くん。朽木くんはなんでここに?」
「兄こそ」
「まぁ、いいけど…」

白哉との会話から、その男が白哉の知り合い、つまり死神であると言うことが一護もわかった。
向こうは一護のことを知っているようだし、一応頭を軽く下げた。
けれど、茶渡が死神と一緒にいることが何故か分からない。

「チャド、誰だ?」

京楽が白哉と話している隙を見て、茶渡に聞く。
すると、茶渡が名前と八番隊の隊長だと言うことを教えた。
それを聞いても一護は京楽のことを思い出せなかったが、まぁいいやと思う。
それよりも。

「チャドー誕生日オメデトウ」

一護は今日の本当の目的を口にした。
それから、持っていた紙袋からぬいぐるみを取り出す。
それは、いつも茶渡が追いかけている、動いて喋るぬいぐるみに似たライオンだった。

「コンは今日、浦原さんとこでさー代わりじゃねぇけど、かわいいだろ?」
「うん、かわいい。ありがとう、一護」

髪の毛に隠れがちな目をキラキラさせて、茶渡はそれを受け取った。
茶渡の大きな体には、とても小さいぬいぐるみだが茶渡はとても嬉しかった。
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめている茶渡を、一護は目を細めて見る。
しかし、それを見た京楽が表情を一変させた。

「え、何、なにー!茶渡くん今日が誕生日!?」
「知らなかったのか、おっさん」
「おっさんって、一護くん!いや、それよりもボクなにも用意してないよ!」

京楽はどうしよう、と叫んでから茶渡を見る。
茶渡は困った顔をした。
京楽も困った、と思う。

「ああ、そうだ!今から買ってくるよ!待ってて!」

京楽がそう言うと、黒い蝶がふわりと京楽の周りを飛んだ。
茶渡も何度も見ている光景だ。
いつもは茶渡しかいない部屋でのことなのに、ここは真っ昼間で他に人もいる。
普通の人間には尸魂界への入り口は見えなくても、義骸は見えるからいきなり人が消えたら問題になるかもしれないと茶渡は焦る。
それに、

「京楽さんっいいんだ、俺はあなたに何か貰いたいわけじゃないからっ」

茶渡は慌てて京楽のコートを引っぱった。
一護からもらったぬいぐるみは嬉しいし、京楽の気持ちもありがたい。
けれど、それが目的で一緒にいるわけじゃないから。

「でも、ボクも何かあげたいよ」
「いいんだ、言わなかったのはあなたがそう言うと思ったからだ」
「迷惑かい?」
「そうじゃなくて、何かが欲しいんじゃなくて、だから」

上手く言えない自分に茶渡は少し苛立った。
そしてそれ以上に困った。
どういえば伝わるのだろうか。
何かをくれるという気持ちだけで、十分なのだということを。
いや、そんな気持ちがなくても、ただそこにいてくれるだけで十分なのだ。

「誕生日だから、あなたと花見が出来たらいいなと思ったんだ」
「え?」
「だから、来てくれただけで俺は嬉しいんだ」

そう言えば、と京楽は思う。
京楽が今日、しかも昼より随分前に茶渡に会いに来たのは偶然だった。
茶渡の誕生日を知らなかったので、来るよとも告げてなかったし、仕事が終わったから来ただけだ。
それなのに茶渡は既に重箱一杯の弁当を作っていた。
いつ来るかわからない、もしかしたら来ないかも知れない自分と一緒に花見をしたいと思って作ったのだ。
その事実に気付いて、それから茶渡の気持ちに気付いて京楽は嬉しくなる。
まだ、返事は貰っていないけれど。
恐らく茶渡にとって最も大事な友人である一護と誕生日を過ごすより、自分といることを選んでくれた。
京楽は嬉しくて溜まらなくなって、一護と白哉がいることも、日中の屋外だと言うことも忘れて茶渡に抱きついた。

「わっ」
「知らなくてゴメンよぅ。次に会うときは必ず何か持ってくるよ」

茶渡はちゃんと一護と白哉がいることも、日中の屋外だと言うことも忘れていなかったので。
思いっきり京楽を突き飛ばそうとした。

「ムッ」

けれど、京楽の腕力は茶渡よりも強く、中々京楽は茶渡から離れない。
そんな二人を見て、一護と白哉は。

「…デキてんのか」
「そうらしいな」

少しの誤解をした。
そんな彼らは、デキていた。























---------------------- 取り敢えず初デートです。 意識してませんが…。 07/04/21















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