citrus
暗い道のりで俺は持っている袋の中身を見る。
それは母ちゃんから紅麗への“土産”だ。
紅麗は最近忙しくて。
で、明日の日曜が半月ぶりの休日。
そんで俺が泊まりに行くんだけど。
それだったら、と母ちゃんが渡してくれた。
リラックス効果が云々。
でも、男の紅麗に渡して好評を得ることが出来るんだろうか。
そんなものだから、ちょっと不安な足取りだった。
貰った合い鍵でドアを開けると、リビングの方から光が漏れていた。
あ、帰ってきてる。
足早にリビングに向かう。
「紅麗、おかえり。今日は早かったんだ」
紅麗は丁度帰ってきた所らしく、スーツの上着を脱いでいる所だった。
「ああ」
「飯は?」
「食べた。烈火は?」
「俺も食ってきた」
俺は母ちゃんがからの“土産”をテーブルに置いて紅麗に近付く。
「久しぶり」
「そうだな」
なんてったって半月ぶり。
俺は紅麗に抱きついた。
「へへっ紅麗の匂いだ」
紅麗はなんにも言わずに抱きしめてくれた。
ホントに久しぶりだから。
淋しかったし、会いたかった。
言えないけど。
紅麗は忙しいから。
あ、そうだ。
「母ちゃんが、アレあげるって」
「アレ?」
俺は一旦紅麗から離れるとさっき、テーブルの上に置いてきた袋を持ってくる。
「なんだ?」
「入浴剤」
「なぜ?」
「紅麗がお疲れだから」
「だから?」
「リラックスしてって」
「……そうか」
紅麗は首を少しだけ捻った。
そりゃ、そうだろうなぁ。
風呂でリラックスってどっちかっていうと女の人の発想だ。
ましてや入浴剤使うなんて。
「風呂湧かしてくるよ」
「ああ、頼む」
けど、これをちゃんと使わないと母ちゃんに怒られるから。
俺は風呂を沸かしに行った。
「で、どうするんだ?」
俺は紅麗と一緒に浴室にいる。
紅麗の家の風呂は広いから大抵一緒に入る。
変なこともしたりしなかったり。
今日は多分しないな。
「んーと、200Lのお湯に二つ入れてください、って書いてあるけど」
母ちゃんがくれたのはオレンジ色の小さなボールがいくつか入った袋で。
説明書らしきものにはそう書いてあった。
「200Lってどれくらい?」
「知らん。一般的な浴槽くらいか」
「じゃ、4つくらい入れる?」
「…いや、匂いがきつくなったら困るから3つだ」
「りょーかい」
俺は一つ一つ小分けにされたボールを湯に3つ入れる。
それから身体を洗って一旦湯船に入った。
オレンジ色のボールはぷかぷかと浮いている。
「紅麗〜」
「なんだ?」
紅麗は身体を洗いながら、俺の方を向いた。
俺はまた、へへっと笑う。
こうやって何か、日常の生活を紅麗とするのは好きだ。
飯食ったり、掃除や洗濯したり。
紅麗が人間らしい所を見るのが好きだ。
「シトラスってなに?」
「柑橘系だが、どうした」
「これ、シトラスの匂いなんだって」
「ああ、これか」
「うん」
俺はぷかぷか浮いているボールの一つを手に取る。
「うわっべたってしてる」
「匂いはまだしないな」
「全部溶けたらするのかな」
そう思って湯の中で強く擦った。
すると、それから白いものが出てきた。
「わ、紅麗、なんか白くなった」
オレンジ色だったのに。
ビックリして手を離してしまう。
「液体でも入っていたのか。湯に反応して白くなったんだな」
「へー」
それが湯に溶けた途端に、甘酸っぱい香りが漂ってきた。
まだ、薄いけどそれなりに薫るようだ。
「シトラスかぁ」
俺はもう一つを手にとって、湯から出してぷにぷに押してみた。
「破れるぞ」
「うん」
ちょっと破ってみたいなぁって思ってたからやってみたんだけど。
あんまり破れない。
あれーって思って強く押してみたら。
「っ」
勢いよく破れて液体が俺の顔に散ってきた。
「うわー…」
思わず目を瞑ったから目には入っていないけど。
気持ち悪ぃー。
「ほらみろ」
紅麗の笑う声がした。
「息を止めてろ」
笑い声の侭の紅麗の声がして俺は息を止める。
それから直ぐに頭の上からぬるめのお湯が。
紅麗がシャワーで流してくれているみたいだ。
「もういいぞ」
「サンキュ」
「烈火」
「ん?」
「もの凄く匂うぞ」
「…うん。俺も臭くて鼻いたい…」
甘いんだかすっぱいんだか判らないくらい強烈。
俺がそう言うと、一瞬沈黙が下りて。
一緒に噴き出した。
「暫くすれば、取れるだろ」
「そだな」
ホントに取れるのか心配なくらい臭いけど。
ま、紅麗が笑ってくれたからいいや。
母ちゃんの言うリラックスはわかんねぇけど。
久しぶりの紅麗との風呂は楽しくなった。
母ちゃんのおかげだ。
けど、やっぱ強すぎる刺激に俺は苦笑した。
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難産でした。
紅麗と烈火が一緒にお風呂に入るっていう構図は最初からあったんですけども。
入浴剤使うか…みたいな。
ね。
取り敢えず出来たのでほっとしています。
06/02/26
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