ご近所付き合い
それは昨日の仕事終わり。
良守君から新作ケーキの試食を頼まれた。
厳しいというお祖父さんが留守だから、ケーキを沢山作るつもりなのだけれど、いつも試食してくれる他の家族もお昼くらいから留守にするから、是非来て欲しいと。
余ったら持って帰っても良いと言われ、家系に苦しいウチとしてはきっと他の人も喜んでくれるだろうとお邪魔することにした。
だから閃ちゃんと僕とでお昼過ぎに墨村家を尋ねたのだけれど。
のだけれど。
門を叩いても返事がなく、鍵が掛かってなかったので勝手に侵入(いや、お呼ばれしてるんだけど)し、石畳を歩いて玄関へ行こうとしたとき。
僕の前を歩いていた閃ちゃんが急停止したので、閃ちゃんにぶつかってしまった。
いつもなら文句を言われるんだけれど、閃ちゃんが左の方を見たまま固まっていたので、なんだろうと思い僕もそっちを見る。
と。
「と、と…と」
「と、ばっかじゃわかんねぇよっ」
ツッコミはソコ?と思ってしまうくらい閃ちゃんも混乱しているようだった。
僕たちの視線の先には縁側があり、そこに良守君が横になって寝ていた。
日当たりはいいけど、冬なのに風邪を引かないかと少し心配なのだけれどそれよりも、その良守君の後ろに、良守君を抱きかかえるように頭領が横になって眠っていたのだ。
意味不明。
僕の頭にはそれがぽっと浮かんできた。
一応お呼ばれしている身ではあるのだけれど、帰りたい。
なんで頭領が、っていうかなんで仲がそんなによくさそうに見えていた兄弟がそんなくっついて眠っているんだっていうか。
それ以前にいい年してくっついて寝るのかな、っていうか。
なにがなんだかよくわからないけど、兄弟ってこーゆーこものなの?
でも僕は閃ちゃんにこんなことしないけどなぁ……??
僕の混乱が頂点に達した頃、閃ちゃんが動いた。
すたすたすた、とそちらに歩く閃ちゃんの人差し指の爪が伸びて、あ、と思う間もなく良守君の額にブッ刺す。
「テメェ、呼んでおいて寝てるとは良い度胸だなぁぁ!」
…閃ちゃん、多分もっと言いたいことがあったんだろうけれどそこまでにしておいてくれてありがとう。
と僕は思った。
「いってぇぇぇぇ!」
額を刺された痛みで良守君ががばり。と起きたのだけれど、その拍子に自分の肩の辺りから落ちた重みに、ん?と目を向けた。
そこにはだらり、と転がった頭領の腕が。
それを見て良守君はぴしりと音がするくらい固まった。
ああ、良守君も混乱している。
じゃあ、良守君も知らなかったのかな。
じゃあなんで頭領は実家にいるんだろう。
良守君の混乱も頂点に達したのだろう。
再び良守君が叫ぶ。
「ぎゃあぁぁぁああああああ!!なんだなんでこいつ!!??」
なんでコイツがいるんだ、と言いたいんだろう。
頭領から飛ぶように退けた良守君の叫びで頭領が目を覚ました。
ああ、いいです。もっと眠っていてくださいという僕の祈りも届かず。
「ああ、よく寝たー。ん?閃と秀じゃないか。どうしたんだい?」
頭領の目はきっちり覚めてしまったようだった。
「はははは、そうか、今日はケーキ食い放題の日だったのか」
知らなかったのになんで頭領がここに居るんだろうと思っていると、良守君がケーキをちゃんと頭領の分も持ってきて、僕たちの前に置いてくれた。
最初はレアチーズケーキで、中に黒糖の蜜が入ってるとかなんとか。
「食い放題じゃねぇ、試食だ。ってかなんでお前がここにいるんだよ」
と、良守君はコーヒーを頭領の前に乱暴に置く。
閃ちゃんはすっかり黙り込んでいる。
頭領を目の前にするのが少し緊張するのだろう。
「今日、みんな家を空けるから来てくれないかって父さん言われてね。まぁ父さんが帰宅するまでの数時間くらいなら、ってことで来てみたら良守が気持ちよさそうに眠ってたから、一緒に寝てみた」
「寝てみた、じゃねぇよっ」
僕はなんだか頭領のことを誤解していた気がする。
いつも優しい笑顔を浮かべてはいるけれど、威厳のあるあの頭領からは想像できない頭領が目の前にいる。
と、思っていると頭領がそうだ、と言った。
「冷蔵庫にお土産のケーキを入れたんだった。一人分しかないけど、お前食べなよ」
それを聞いた良守君はすぐさまキッチンへと飛んでいって、戻ってきた。
さっきまでの不機嫌は何処へやら、うきうきとケーキの箱を開ける。
一人分と言うには少し大きめの箱の中には、ケーキが二つに、シュークリームが一つ。
「これ、全部?」
「うん、俺は良守の作ったの食べるから」
ふわふわと嬉しそうな笑顔の良守君を見ていると、仲が悪そうに見えて、実はいいのかもしれないと思う。
確かに、こんなにクルクルと表情が変わる弟がいたら僕だったら、きっと可愛くて仕方がないとは思うけど。
頭領はあまり家族の話を夜行でしていない…僕たちの前では。
ただ、僕たちは頭領が跡取りになれなかったという事実と、弟君が選ばれたという話から勝手に敵対しているのだろうと想像していて、だけれど実際はそんなことなくて……っていうことは夜行全員でお泊まりさせて貰ったときに、みんなで認識を改めたんだけど。
なんだか僕の想像力を越えてきそうだったとき、頭領の隣に座った良守君が嬉しそうにシュークリームをぱくり、と食べた。
おもいっきり食べた為か、良守君の口のはしにクリームが付く。
僕は周りに対してなんとなく兄貴分でいたので、それに目がいってしまって、言った方がいいかなと思ったのだけれど、次の瞬間、頭領がそれを指ですくって舐める。
「きれいに食べろよ」
「うっせ」
少し照れてはいるようだけれど、良守君はそれを対して特別なことだとは思っていない様子。
たしかに、兄弟間で別にそんなこと当然だと思うけど!?
あれ??なんでこんな違和感が?
と、パニックになっている僕の横で閃ちゃんがぼそりと。
「帰りてぇ…」
と呟いた。
……けれども無情にも僕らは、良守君が作ったケーキ(他に4種類+口直しのゼリー付き)を食べきるまで、頭領に土産のケーキを一口「あーん」と良守君が食べさせたり、ケーキを食べてケーキに対する考察に入った良守君の口元に頭領がケーキを運んで遣ったりと不可解な兄弟仲を見せつけられることになったのである。
…もちろんケーキの味なんてよく分からなくなってしまった。
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目撃者シリーズ1。
被害者秀ちゃん(+閃ちゃん)。
08/01/20
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