どんなことがあっても味方だよ










仔犬を持って帰えり、父に事情を話すと快く了承してくれた。
けれど、飼い主を見つけるのに時間が掛かることを考えて、祖父にも許可を得ることを勧められる。
確かにそうだなと思い、まず良守へ一つ約束をさせることにした。

「良守、この子は弱ってるし直ぐに飼い主が見つからないかもしれない」
「うん」
「そしたら暫く家に置いておかなきゃいけないから、おじいさんにそれを言わなきゃいけない」
「うん」
「お前が修行をサボらなかったら多分いいよって言ってくれると思う。ちゃんと修行するって約束できるか?」
「うん、するよっ」
「じゃあ、修行する間は仔犬には触らない。いいな」
「うん!」

良守は仔犬が暫く家にいるということが嬉しくて、約束の後半は聞いてないような気もする。
けれど、「約束」をしたという事実が大事なのだから、何かあったときにそれを持ち出せばいい。
弱った仔犬にミルクをやっている父に駆け寄って心配そうに見ている良守を横目で見つつ、自室にいるだろう祖父の元へ向かうことにした。




「責任を持てるんじゃな」
「はい」
「…なら、暫くじゃぞ」
「ありがとうございます」
「良守に修行はきっちりさせるように」
「分かっています」

祖父は少し渋ったフリをしたが、それは多分威厳を保つ為か何かだろう。
良守が修行さえすれば、祖父にとって断る理由は何もないのだ。

「まぁ、情操教育にはいいじゃろ」
「そうですね。斑尾は喋りますし」
「生意気じゃしな」

軽く談笑して、その場を立つ。
少し祖父の口調が嬉しそうだったのは、多分祖父も動物が好きなのだろう。
良守や父に混ざりはしなくても様子見くらいはするかもしれない。
動物一つで、と思わなくもないが殺伐とした生業にあるウチの家に少し穏やかな風が吹いた気がした。










さて、どうやって飼い主を見つけようか。
学校に来たはいいが、飼い主を見つける手段に悩む。
担任に言えば、大々的に宣伝してくれるだろう。
教師からも信頼を得ている自信はあるから、その手も使えるが、そうすると飼う気もない人間が興味本位で自宅に訪れることになる。
犬を見たいだけなら良いが、自分目当ての女子が来られると面倒だ。
そんなものを相手にしている暇はないし、自宅を探られるのも嫌だ。
悩んで考え込んでいると、コンコン、と机が叩かれる。

「何考えこんでるんだよ」
「あ」
「ん?」
「お前、新聞部だよな」
「ああ、そうだけど。何、インタビュー受けてくれる気になった?」

以前、「お前、人気あるんだぜ」と言ってインタビュー(なんの必要があるのか分からないから断った)を申し入れてきた級友である。
この際、こいつでもいい。
いや、こいつなら。

「受けてやってもいいからさ、頼みがあるんだけど」
「え、マジで。なんでも言ってよ」
「あのさ---」







自宅に友人を引き連れて帰ってくることなんて滅多にないことで、父親は凄く驚きながらも喜んだ。
仔犬のことで、と告げると居間に良守といるよと言ってそちらに向かおうとする。

「動物病院に連れて行ったんだけどね」
「そうなの?」
「うん、ちょっと栄養失調気味だけど問題ないって」
「よかった」
「おやつと飲み物持って行くから、居間で待っててね」
「ありがと」

父はキッチンへ向かい、俺は居間の襖を開ける。
すると父の言ったとおり、毛布に包まれた良守と仔犬が眠っていた。
級友に座るように促すが、興味深げに良守と仔犬を覗き込む。

「へえ、これ墨村の弟?」
「そう。起こすなよ、うるさいから」
「へー。んで、横が例の?」
「ああ」

俺が返事をすると早速、カメラで写真を撮り始める。
それはいいのだけれど。

「弟は載せるなよ」
「わかってるって」

新聞部の人間はなんでも写真に撮りたがるのだろうか。
自宅に入る時も、門構えから写真に撮りたがっていた。
確かにウチは旧家だが、そんな家、探せばどこにでもあるだろうに。

「正守」
「なに?」

急に襖を開けて父が俺を呼ぶから少し驚きながらも、ふり返ると困った顔の父が、ぐずっている利守を抱いていた。

「ゴメン、お茶とおやつ用意してるから持ってきて貰える?利守が泣き出して」
「うん、わかった。ちょっと待ってて」

級友に向かって言うと、軽い調子で、まだ下がいるんだと感心された。
感心されるのは俺じゃなくて両親なんだけど、と思いながらキッチンへ向かう。
用意されている麦茶と和菓子を盆に乗せて短い距離を戻ろうとした時、甲高い泣き声がした。
赤ん坊、つまり今父さんがついているだろう利守の声じゃない。
良守だ。
思わず居間へと走る。
襖を開けた俺の目に入ったものは。
弟の頬を抓り伸ばしている級友と、ぼろぼろと涙を零している弟。

「……なにしてんの」
「いや、コイツさ起きたら俺がいてびっくりしたらしく泣いてさー。おもしろいから遊んでたんだけど」

級友が手を放すと、一目散に良守は俺に向かって駆けてきた。
足に抱きついて泣きわめく。
手にしていた盆をテーブルにおろし、良守を抱き上げて大丈夫だからと宥めるが泣きやまない。
ぎゅう、と制服がシワになりそうな程力強く握られていて、臆病だなと思うと同時に嬉しくなる。
良守が方印の意味を知って、俺に対して遠慮をしはじめてからこんな風に全身で甘えてくることは少なくなってきていたから。
このままずっと抱きしめて、泣きやんでも甘やかしてやりたい。
しかし、目の前の同級生ににそのことを悟られるわけにはいかないから、すぐに気持ちを切り替えた。

「人の弟で遊ぶなよ」
「だって、お前と全然違うんだもん」

似てないなーと級友がゲラゲラ笑う。
新聞部は神経が図太いのか。
それともこいつが無神経なだけだろうか。

「良守、この人は兄ちゃんの友達で、仔犬の飼い主を探すのを手伝ってくれる人だから、大丈夫だから」
「う〜〜〜っ」
「大丈夫、もう酷いことしないから」

暫くすると泣きやんだけれど、俺にしがみついたままで離れないのでそのままキッチンへ戻り、片手で良守のおやつとジュースを用意してやる。
それを手にして居間へ再び戻ると。
ぱしゃぱしゃと級友が仔犬の写真を撮っていた。
やっぱり、こいつが図太いのは間違いない。









三日後、校内新聞に「里親募集」という写真付きの記事が載せられた。
仔犬が欲しい人間はまず新聞部に名乗り出て、そこで大丈夫だと判断されたら俺に紹介されることになっている。
その見返りに受けたインタビュー。
仔犬の記事の横に、俺と俺に抱き上げられた良守の写真付きで載っている。いつのまに撮ったんだか。
クラスでも学年でも、それ以外でも話題になっているらしく色んな人が俺を見に来る。
クラスメイトは「きゃ〜墨村君の弟ってかわいい〜」とか、「まだちっちゃいんだ〜」とか、「すごいね、こんな小さな子のお世話って大変でしょ?」とか楽しそうに言いに来る。
何が楽しいんだか俺には理解できない。
そんなに人の弟が珍しいのだろうか。俺にだって弟くらいいておかしくないだろ。
全く持って理解できないし、人の弟のことを軽々しく口にするなと思ってしまう。
良守がかわいいのは当たり前じゃないか。自分の弟がかわいくないわけがないだろ。と言いたくてぐっと堪えることの繰り返しで、神経が減るような胃が痛くなるような地獄の日々は二週間程続いた。








-------------------------------------------------------------- 良守6歳、正守13歳くらいです。 良守の為に色々な人に頼み込む兄。 久しぶりに泣きつかれて嬉しい兄。 世界の中心は良守です的な兄。 ほぼ無自覚です。 ちなみに新聞部の彼の名前は「梶」です。 出し損ねました。 あと、正守はモテモテです。自覚はちょっとだけ、アリですが、 本人はうざったいご様子です。 弟のことがネタになってお近づきに〜の状況には気付いてません。 インタビューの内容は多分次にでも。 07/07/28 閉じる