ゆっくりお休み
ぐず、ぐすという遠慮がちな泣き声が聞こえた。
今夜は熟睡しないようにしていたので、正守は直ぐにそれに反応でき、慌てて隣の部屋に行く。
「良守?」
「あにき…」
良守の目を刺激しすぎないように、豆電球をつけて側に座り込むと良守が安心したのか少し落ち着いたようだった。
元々、今日の良守は少し風邪気味だった。
少しくらい休んでも、と言った父に祖父は頷かなかった為、良守が一人で烏森に行くようになってから始めて正守も(堂々と)ついていくことになり、反抗期な良守はそれで余計に緊張したのか気を張ったのか自宅についた途端倒れ込んだ。
父に知らせ、薬と床の準備をして貰い寝かすと、熱は高かったけれど暫くすると眠ったので父は正守にも就寝するようにいったのだが、正守は仕事で寝不足の父を気遣い部屋に戻るように言った。
父が出て行って良守の呼吸が安定したことを確認し、正守は自室に戻ることにした。
薬で熱は下がるだろう。
けれど、苦しさで目を覚ましてしまうかもしれない。
正守はそう思っていたから、隣の部屋の気配が少しでも変わると起きられるように少しだけ意識をしていたおかげか、良守がぐずりだしたのに直ぐに反応し、起きることができた。
「苦しいか?」
オレンジ色に染まった部屋の中で、良守は苦しそうな顔を横に振る。
横に置いてあった水差しで水を飲ませてやると、喉が渇いていたのか全て飲み干した。
汗も酷く、水とついでにタオルを取ってこようとしたらズボンのスソを捕まれる。
「良守、離してくれないと水、取りに行けないよ」
「やだ…」
顔を崩して泣きそうになっている良守の手を取って、布団の中に仕舞う。
それから頬を両手で挟んで自分の額と良守の額を合わせた。
熱で熱くなっていた良守の額にとって、正守の額は冷たかったらしく良守の口から心地よさそうな声が漏れる。
「すぐ戻ってくるから。良守はイイ子だから待ってられるだろ?」
できるだけ優しく諭してやると、良守は小さく頷いたのでそれに正守は少し微笑んでやる。
それから直ぐに急いで、けれど静かに正守は台所へと向かった。
仕事に忙しい時期の父を起こしたくなかったこともあるが、祖父も父も良守の目が覚めたとなれば心配になるだろう。
そうして様子を見に行くだろうことはわかっている。
けれど、弱った良守の世話を正守は他の誰にもさせたくなかった。
普段、反抗的な弟が唯一見せる頼ってくる仕草や、表情を独り占めしたい。
この感情は家族の誰にも、言ってはいけないと正守は知っていた。
汗を拭いてやり、もう一度だけ少しの水を飲ませてやる。
唇の端から零れた雫を拭き取ると、漏れたため息。
「一緒に、寝てやろうか?」
「うつる、から…いい」
思わずそう言った正守に、少し落ち着いてきた良守は躊躇いながらも拒否をする。 さっきは、自分が側を離れることを嫌がったのに、なんで。
もう、良守は七歳なのだから添い寝する必要なんてないし、本人が望まない甘やかしもしてはいけない。そうは思うのに、正守の心に暗い影が少しだけ落ちた。
自分を思いやる拒絶すら許せなくなる前に離れた方がいいのかもしれない、そう思った自分に正守は苦笑した。
「じゃあ、兄ちゃんは自分の部屋に戻るけど苦しかったらちゃんと呼びなよ?」
「うん」
「おやすみ、良守」
正守の言葉で良守は瞼を下ろす。
正守は躊躇いながらも良守の部屋を後にした。
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こんな暗い話になるはずじゃなかったんですが…あれ?
庇護欲が激しい兄貴になりました。
欲と理性の間で揺らぐ兄貴。
兄貴から独り立ちする良守が許せなくなる日が来そうでこの兄貴恐いですね。
頑張って理性を働かせて家を出たら今度は良守が追いかけてくるので困っちゃう兄貴(193話)。
とかとか。おもしろそうです。
07/12/02
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