結局は勝てない













俺は絡まれていた。
中学に上がったばかりなのに、身長も大きかったし、目立つ容姿なのが上級生から気に入られなかったらしい。
おかしいなぁ、ウチの学校って私立だからそんなにガラが悪いのいないはずなんだけどなぁ。
とは思いつつ、どうやって難なく切り抜けるかをぼんやり考える。
裏路地に引っ張り込まれたので、騒ぐにもいまいちだし、いっそ結界で足止めして逃げるか。
けど、それで変な噂立てられて今後三年間が過ごしにくくなっても困る。
そんなことを考えている間に、上級生達がなにか喚いているのだけれど、早く帰ることで頭がいっぱいな俺の耳はそれを聞き流していた。
今日は弟の修行を見てやる日なのだ。

五歳になったばかりの弟は最近本格的な結界師の修行を始めた。
結界を形成し、持続するという基礎的なことはクリアできたので、次は強度、保持時間を鍛えていかなければいけない。
それは教える側としても根気との闘いになるので、祖父には向かない作業だと祖父も自覚しているらしい。
すぐに泣いてしまう弟とすぐに怒る祖父は似たもの同士過ぎてこういうときには相性が悪いのだ。
だから、俺が早く帰って修行を見てやる日が最近特に増えている。
のだけれど、上級生達の背中から見える、赤くなりつつある太陽が過ぎる時間を俺に教えてくれて少し焦りだしてしまう。
日が暮れる前の修行をしておいて、仮眠を取らないと烏森に行くことが辛くなる。
そろそろ良守にも昼寝の習慣と夜起きておく根性をつけないといけない。

無視をしていたように捉えられたのか、一人が俺の胸ぐらを掴んできて、めんどくせー、適当に隙を見て逃げるか、と思ったとき、路地の壁からひょこり、と小さな頭が顔を出した。

「にいちゃん、いたっ」

嬉しそうな声は間違いなく、日の光で逆行になってよく顔が見えないけれど良守の声だ。
なんでこんなところに?

「なんだ、このガキ」

上級生達の目が良守に向く。
良守は俺と上級生を見比べて、首を傾げた。

「にーちゃん?」

胸ぐらを捕まれている状態の俺を見て、良守の眉がへにょと、情けなく曲がる。
ああ、泣き出す。
他の上級生達が騒ぐ良守に危害を加える前にどうにかしないと、と思ったのだけれど良守はへにょっとなった眉のまま怒鳴った。

「にーちゃんをいじめるなぁっ!!けつぅっ!!」
「良守っ!?」
「おまえらなんか、めっしてやるっ」

今にも泣き出しそうな顔で、良守は俺の胸ぐらを掴んでいる上級生を囲った。
無論、一般人に結界が見えるはずがなく指を立てて構える良守を、何してるんだと嗤う。
けれど俺はそんなことどうでもよくて、結界からはみ出している腕を外し、良守の方へと駆け出した、

「てめ、墨村ぁっ」
「ちょ、俺の手がうごかねっ!?」

結界と外部の境界線にある腕は動ない。 それに焦った上級生が叫び、それに周囲も気を取られたので、俺は直ぐに良守の元へと辿り着いて、良守が「滅」と言い終わる前に良守を抱きかかえた。

「へふっ」

間一髪、良守の口の中に手を入れて発音を防ぐ。
口を塞いだとしても、良守が俺の手の内で「滅」と発音してしまえば結界は中の対象物を滅してしまうので、咄嗟に考えた方法で防げたことに俺はふう、と溜め息を吐いて膝をつく。
この年で人間を滅っすることはできないだろうが、良守は正統継承者だ。
感情がコントロールできてないときに相手にどれだけの被害を与えるか俺にはわからなかった。
それに、良守に人を傷つけるなんてマネをさせる訳にもいかなかったのだ。
だからそれを未然に防いだことで俺は力が抜けたのだけれど、良守はそうではなかったようだ。
思いっきり俺の手に噛みついたことに驚いたようだった。

「良守、結界を解くんだ」
「ふえ…」

こそり、と告げても良守は口から抜いてカタの付いた俺の手を見るだけで呆然としている。
もう一度、良守の名を強く呼ぶと良守の身体がびくりと動き、涙が目尻から溢れ出し、集中が途切れたせいで、良守の結界が溶けるように消えた。
そのことを確認して、泣いている良守を抱え上げて上級生達の方へ顔を向ける。
腕が動かないという異常事態が俺の所為だと思ったのか、上級生達は俺を見てもう何も言わなかった。

「弟が迎えに来たんで、もう帰ります」

変な噂が立つかも知れないけれど、彼らが怪我をした訳でもないし、周囲が信じることもないだろう。
フォローを入れる必要のある人間でもないので、そのままその場を後にした。














「良守、人に結界を使っちゃ駄目だって言われてるだろ」

ぐずぐずと俺の肩に顔を埋めて泣いている良守の頭を撫でながら歩く。
良守はごめんなさい、と何度も繰り返していた。

「なにが、ごめんなさい?」
「にい、ちゃの、手…かんだ」
「そうじゃないだろ」

丁度、公園の横を通りがかったので公園のベンチへ良守を座らせ、その前に俺がかがみ込む。
俺を見下げるようになった良守の目は真っ赤に腫れていた。
公園にあった水道の水でハンカチを濡らし、瞼を覆って冷やす。
冷たいのが気持ちいいのだろう、良守はされるがまま力を抜いた。

「結界術は人を守る為、そうお祖父さんが言っていたの覚えているだろ?」
「だって…にいちゃんを、苛めてた、から…」

すん、と鼻を啜りながら言う良守に嬉しさと焦燥が募る。
俺の為に、という動機は兄として嬉しいのだけれど。
良守には人を傷つけるということを覚えて貰ったら困るのだ。
良守は正統だ。
正統は汚れのない存在でこそ価値がある。
闇に落ちた正統を誰が認めるだろうか。誰が、守ろうなんて思えるだろうか。
でも裏を返せば、正統でなければ汚れたっていい。
必要な闇は正統じゃないモノが背負えばいい。
つまり、俺が。
その為の覚悟なんて、コイツが生まれたときにしたのだから。

「兄ちゃんがあんなのに負けるわけないだろ」
「…ホント?」
「ホント。でも、人を傷つけるのはよくないから適当に逃げようと思ってたんだ」
「にげるの?」
「そう。強くても人を傷つけるのは、よくない人間だ。良守はよくない子になりたい?」
「やだっ、やーっ」

少しきつめに言うと、良守は首をぶんぶんと振って否と言う。
俺はそれに安心してそっとその頬に手を当て、その動きを止めてできるだけ優しい声で囁いた。

「じゃあ、もうあんなこと言っちゃ駄目だからな」
「うん、もう言わない。ごめんなさい」

首に必至に抱きついて縋る良守を再び抱き上げて帰路へつくことにした。
良守にハンカチを預け、自分で冷やすように言う。

「帰ったら修行しような」
「うんっ」

そうやって、無邪気に、嬉しそうに返事する良守の声がずっと変わらないでいてくれることが俺の唯一の望みだと伝えることとは一生ないだろう。
伝えるべきでもない。
伝えたらきっと、良守は俺の闇を奪い取る。
俺が闇を背負うと決意したのと同じうように揺るぎなくそうなる。
それは、誰よりも俺が一番わかっている。



だって、俺達は血を分けた兄弟だから。

























「にいちゃん、手、かんでごめんなさい」
「いいよ、大丈夫」
「ホント?」
「うん、大丈夫だから」

俺は大丈夫だから。
お前は変わってくれるなと、心の中で祈った。















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タイトルから微妙にずれちゃった…けど。
正守は闇に落ちる気はないと思います。理性があるから。
けど、守りたいという意志は強いのはよっしの存在からだろうなと思いましてそんなかんじです。
08/03/30

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