きっかけは些細なこと
それは確か、まだ良守が小さい頃。
そうだな、記憶にないくらいじゃないかな。
俺は小学校の…四年生か五年生か…それくらい。
風邪気味で、クラスの女の子にのど飴を貰った。
前日の仕事が小雨で、我ながら情けないと思いながら咳を続けるよりはと貰った飴だった。
フルーツを基調にしながらものど飴特有のすーっとしたハッカの味は気持ちが良いものだった。
それを、良守に強請られた。
「兄ちゃんだけずるいー」
「そんなこと言われても」
帰宅していつものように玄関までお迎えにしてきた良守は俺から香ってくる飴の甘い匂いに気付いた。
甘いもの好きなのは血筋だが、それよりも俺が食べているものが欲しかったのだと思う。
いつもなら、父さんが作った同じご飯に、同じおやつだったから。
けれど、一つだけしか貰っていなくて同じ飴は持っていなかったし、既に口に含んでいた飴をあげるわけには当然いかなくて。
途方に暮れた。
「飴なら台所の…」
いつも、良守や俺の為に飴やチョコレートなどちょっとしたお菓子を入れている木でできた丸い、普通は茶菓子などを入れるような箱があった。今もあるのかは知らないけれど、そこに行けば同じ飴がなくても誤魔化されて良守も納得すると思った。
けれど、その時は生憎。
運が悪いとしかいえないのだけれど、箱の蓋を開けたとき俺はなんてついてないんだろうと思った。
そこには飴もチョコもなにもなくて、つまり俺は良守のだだを収める方法を失ったのだ。
抱き上げていた良守の顔を見ると、ふにゃ、と情けなく崩れていっていた。
「よ、良守…父さんは…?」
「おでかけ…」
「そ、そう」
何処に行ったのか、伝言やメモがなかったということは遠出ではないことだけは確かだった。
けれど、だからと言って救いにはならない。その時、飴はなかったのだから。
「うー」
「良守、ここにないんだから仕方がないだろう?」
「やぁ…俺も飴ほしいぃ。にいちゃんの飴ほじぃぃぃ」
泣き始めてしまった良守に俺は最初、とても困った。
良守はどうしても飴が欲しかったんじゃなくて、俺と同じ飴が欲しいという欲求が途絶えたから泣いた。
つまり、結局は子どもの我が儘。
「父さんが帰ってきたら頼もうよ。もしかしたら飴を買ってきてくれてるのかもしれないよ?」
「や〜今食べたいのっ」
「でも、今はないんだよ」
「あるもんっ」
「ないよ」
「あるもんっ兄ちゃんの口の中にあるもんーーっ」
何とか宥めようとしたんだけど、どうしようもない我が儘に俺もまだ子どもだったから、ぷっちんときちゃって。
「じゃあ、あげるけど。まずくても吐き出すなよ」
なんて、言って。
ぶちゅーと良守に飴を口移しした。
どーだ、と良守を見ると良守は一瞬ぽかんとした後、また眉を顰めだして。
口を開けたまま。
「まずぅい…」
「俺のがほしかったんだろ?」
「やぁーいらないー」
ハッカの味がきつかったのか、やっぱり良守はいらない、を繰り返して。
仕方がないから俺はまたそれを口移しで返してもらった。
キスをしらない年頃でもなかったと思うんだけどねやっちゃったとか、後悔だとかそんなこと全然思わなくてさ。っていうか、なんかクセになっちゃったって言うか?
そう、つまり。
俺のファーストキスはお前だし、お前のファーストキスは俺なんだよ。
覚えてないだろうけどなぁ。その後たくさんしたから。
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微妙に「ご褒美〜」の続きなんですが、分けても読めるのでまぁそんな感じです。
この兄弟ならこれくらいのスキンシップはありそうな気がします。
*拍手で使用していました。
07/10/25
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