桜吹雪
















ついた世界は桜の木ばかりあった。
大きく、力強く咲いている木が。
地面は花びらで埋まっていた。














暗い雰囲気では桜を楽しむことはできず。
俺は一人離れる。
ヒトはいないようだった。
桜だけが咲いていた。

どこまでも桜の木ばかりで。
ここの桜は自生しているのか、とぼんやり思う。

「黒鋼さん」
「小狼」

声を掛けられ、振り向くと小狼じゃない小狼がいた。
小狼じゃないけど小狼で。
どっちでもいいけどな。

「あまり遠くに行くと迷う」
「大丈夫だ。姫とモコナはどうしてる?」
「向こうで、羽があるかを確認してる」
「そうか」
「ここは、不思議な力が充満してるから中々わからないってモコナが」
「そうか」

「不思議な力」があるのなら、桜の木が咲く為に使われているのだろう。
桜は、弱い木だ。
こんなに大きくなることはあまりない。

「小狼」

なんとなく、小狼を見ずに名を呼ぶと、小狼は返事をする。

「この木の名を知ってるか」
「…サクラ」
「そうだ。俺の国にもあった」

こんなに沢山はないし、大きくもないけどな。
そう、言うと小狼は不思議な顔をした。

「あなたの記憶に桜は…」
「テメェがどこを見たのかしらねぇけど。俺の国の桜は一年に一度、春だけに咲く」
「一度だけ?」
「そうだ。ほんの数日こんなふうになる。でもここの桜はそうじゃねぇみたいだな」
「…ヒトがいないからわからないけれど。花びらを見る限り…長い間咲いているように思う」

咲いて咲いて散って散って。
積もった花びらは、いつか木をも埋めるのではないかと思うくらい。
そんなに降り積もっているのに、何故か歩きにくくない。
まるで柔らかい絨毯の上を歩いているようだった。
これも、モコナのいう「不思議な力」か。

「俺の国の桜はな、桜守っつーのが世話しないとすぐやられる」
「やられる?」
「虫とか寿命が主だ。手入れをすれば100年は生きる。1000年だって生きる。だが、しないとすぐ駄目になる」
「でも、ここのは…」
「そりゃなんか力が働いてるんだろ。そうじゃなきゃ、桜は一人で生きていけない」

「一人で」と、敢えて擬人化して言う。
その意味が小狼に伝わるといい。

「桜守は桜の全てを知っている。全てを愛して、花を咲かせることに一生を使う」
「……」
「桜守が丹誠込めて世話をした桜は、これでもかってくらい美しい」

小狼が、躊躇いつつ何かを言おうとした。
けれど、それを遮るかのように強い風が吹いた。
ざぁ、と音がして桜の花びらが視界を覆うかのように舞い散る。
風は止まず、けれど静かに俺は呟いた。

「……桜吹雪っつーんだ」
「さくらふぶき…」
「きれーだろ」
「…とても」

この小狼が笑ったのを見たことはない。
けれど、少し笑みが見えた。
それにほっとする。
見かけよりは大人だろうが、それでも小狼と同じならこの小狼もまだ子どもだ。

「…モコナの様子を見てくるから、あまり遠くに行かないように気をつけて」
「ああ」

小狼は、少しばかりの笑みを口に乗せたままお辞儀をして俺の前から去る。
少し風が止んで、視界がクリアになった。
そこに、あいつがいた。
俺は、太い桜の木の根本に座り込む。

「聞いてたな」
「うん」
「別に構わねぇけど」
「そう」
「姫から離れて大丈夫なのか」
「モコナがいるよ」

あれから、ファイはサクラ姫に執着を見せるようになった。
別にそれは構わない。
今はまだ、サクラ姫があの小狼に気を許せてないだろうから。
誰にしろ、側にいる方が良い。
それをこいつもわかっているだるに、離れるということは。

俺は腰から刀を抜いて、腕を傷つける。
血の臭いが、辺りに充満した。
桜の花びらが、赤く染まる。

ファイは腰を屈めて、差しだした俺の腕をしっかりとつかんで唇を当てる。
そして、ただ溢れる血を舐め取る。
だから痛くはない。

「桜がなんでこんな色をしてるか知ってるか」
「え?」

俺の腕から離れたファイの顔は、赤く汚れていた。
俺の赤い血を、こいつの赤い舌が舐め取る。
それは酷く嫌な光景だった。
けれど、それが今の俺達を繋いでいる。

「血を吸うんだよ。根本に埋まった死体の血を」
「……」
「だから、咲いて直ぐ散るんだ。死体の血じゃ保たねぇから」

大分、止まった血を自分の手で拭き取りながら俺は立ち上がる。
わかるだろうか、その意味が。
こいつに、わかるはずがない。
けれど。

「ただの怪談話だ」
「…そう」






















今は、ただ。
俺の血でお前が咲き続けることを願う。





































----------------------------------
「東京」の次に行った世界として…です。
桜守のことは詳しくないし、「死体の血だから直ぐに散る」かどうかも知りません。

単にシチュエーションだけで思いついたので…。
小狼が出てきたのは、二つの話を思いついたので纏めただけです。
小狼が黒鋼に癒されると良い。うん。別にCPじゃないですけども。

……ファイ黒ですので、逆じゃないです。
遠夜は受けのが男前なんです!

あ、一応両思い前提で書いてます。
それから、ファイ黒は一年っていうより、飛んだ世界の季節の話になると思います。

2007/05/03
back