終幕 何故こんな事になったのだろうか。 月明かりの中、博雅は隣に眠り男をそっと見る。 そう、隣に眠るのは男なのだ。 一刻ほど前。 いつものように、晴明と博雅は酒を飲んでいた。 満月に照らされた夏草を見ながら酒を飲んでいた。 最初は博雅の初めて見る式が、酌をしていたが。 そのうちいつのまにか、晴明と博雅だけになっていた。 「今宵の月は明るいな」 「そうだな」 そう言って飲んでいた。 偶に博雅が笛を吹き、その音色に晴明がうっとりと耳を傾けることもあった。 いつものように、二人で飲んでいたのだ。 ただ、いつもより月が明るかったのだ。 月明かりが、博雅を照らす。 ほろ酔いの、桃色の顔で葉双を奏でる博雅を照らす。 ああ、なんと美しいことか。 同じくほろ酔いの、しかし全く表情に出ない晴明はそう思った。 決して華奢ではないが、武骨でもない。 それは武士であるのに楽を愛でるということからかもしれない。 博雅だけの、美しさ。 晴明はそれを欲しいと思った。 博雅が葉双を唇から話したところを見計らって、晴明は博雅の名を呼んだ。 「博雅」 「なんだ」 「美しいな」 「そうか」 晴明が笛の音を褒めたのだと博雅は思い、照れながら礼を言った。 博雅の笛の音は褒められることが多い。 博雅の笛の音は真っ直ぐで、美しい心をそのまま映したかのようだ。 妖物、鬼、そしてあの導満までもが博雅の笛の音を好んでいる。 それはその美しく優しい音色が哀しい心にこそより一層染みこむからだろう。 そしてそれは晴明も同じこと。 だから、博雅はいつも通り、葉双を褒められたと思ったのだ。 それを晴明も分っていた。 分っていながら、訂正も何もしなかった。 すべき時でないということも分っていたから。 「まだ飲めるだろう?」 「ああ、もらおう」 葉双を懐にしまい、博雅はくいっと酒を飲む。 それから何気なく晴明を見た。 晴明はいつもどおり、唇に微笑を浮かべていた。 けれど、月明かりに照らされたせいかいつも見慣れていたそれのようには見えなかった。 美しいと思った。 晴明が美しい男なのは、最初から博雅も知っている。 色白で、細くすらっとしているし、顔立ちも鼻筋が通っているし唇も薄い。 けれど、それは見慣れていたはずだったのだ。 なのに、月明かりがそれに付加されただけで美しいと思ってしまった。 まるで月が晴明の内面を浮かび上がらせたかのように博雅は感じたのだ。 「晴明は」 「ん?」 「晴明は、ほんに美しいなぁ」 けれど、博雅にはどう美しいのかを語ることは出来なかった。 感受性が豊かだから、微妙なことも些細な違いも理解できる。 ただ、それを言葉にする術がない。 微妙な違いまで感じてしまう為、それを的確に言い表す言葉がないのだ。 だから、酔いに任せてもあるがただ美しいと言った。 そしてそれで十分だった。 それで晴明には伝わったのだ。 博雅が何をどう見、感じ、そう言ったのか。 晴明には理解できた。 「まったく、お前という漢は…」 こっちの酔いがすっかり醒めてしまうことをいう。 そう呟いて、晴明は博雅の手を少し強めに引き寄せた。 「わっ」 がちゃん、と音を立ててとっくりが倒れ、酒が零れた。 それに目をやりながら、博雅は晴明の胸元に倒れ込む。 「こら、晴明!何をするっ」 「お前が悪い」 「何がだ」 文句を言おうと、博雅は顔を上げた。 しかし、博雅はまだ酔っていた。 いや、酔っていなくてもそうなったかもしれない。 優しく微笑んだ晴明にみとれてしまったのだ。 「博雅」 「なんだ」 返事をしてから博雅は、酒で水干が濡れたことに気付いた。 膝の辺りが冷たい。 「晴明」 「なんだ」 「着物が濡れてしまった」 「そうか。ならば脱げばよい」 言うが早いか晴明が博雅の水干を脱がしていく。 紐を解き、帯もすっと抜いた。 「せ、晴明」 「ん?」 「脱がすな」 「冷たいのだろう?」 そう言いながら、晴明はそっと博雅を床に押し倒す。 単をはだけさせながら、明るく月に照らされた博雅の顔を見る。 戸惑っていた。 博雅は何がなんだかわからなくて、戸惑っていた。 博雅から見た今晴明は影になり、表情が読めなかったこともある。 ただ、月だけが明るかった。 それから今に至る。 一度明るいところで抱かれた後、奥へ連れて行かれまた一度した。 酔いもあったし、何がなんだかわからなかったが。 こうしてはっきりと意識を戻してみても、博雅にはさっぱりわからない。 ただ、分ることは。 今まで築き上げてきたものの一部が壊れ、新しい何かがそこに生まれてきたのだと言うこと。 そしてそれは決して不快な物ではないと言うこと。 博雅は横に眠る晴明の顔をちらっと見て。 まぁそれは悪いことではないのだろうな、と思い目を瞑った。 まだ月は明るく夜を照らしていた。 ---------------------------------- 意味不明で申し訳ないです。 もうちょっと長くなるかなぁと思っていたんですが、やっぱ悪いクセが出て、 途中で肝心なところ切ってしまいました。 またそれはお題ではないところで書きたいと思っています。 陰陽師には思い入れが深いんですが、それはその頁でも作ってから書きます。 あ、でも一個だけ…。 映画見てないんで、原作としてお読み頂ければ嬉しいです。 なので晴明も博雅も30代後半のオヤジ共でございます。

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