代償







「…目、ちっさ」
「再会の一言目がそれかクソ兄貴」



良守が十五のときを最後に正守はまた三年ほど帰省しなかった。
その間、成長期である良守は、正守が言うようになっていたのであるが。
それは目が小さくなったのではなく、他が成長しただけだし別に男なんだから小さくて構わないだろう、と良守は思った。
っていうか。

「テメェがでかいんだよ」
「そーかなぁ」

正守の帰省に喜んだ修史が出してくれた玉露茶を飲む。
あー父さんが入れる茶はいつも美味だ、と良守は少し現実逃避した。
出会い頭に兄に言われた失礼な言葉は修史にも聞かれていた。
その父は嬉しそうに笑っている。

「正守はねー産まれた時、女の子みたいだったんだよ。目がくりくりして、黒目がちで、看護婦さんが女の子だったらよかったのにね、って言うくらい」

子どもを褒める言葉しかでないのではないだろうかという父は、いつの間に持ってきたのか、正守のアルバムNo.1を出してきた。
その中には第一子誕生だからか、喜びに溢れた家族と。
確かに目のデカイ、可愛らしい赤子だった兄がいた。
同じDNAが入っているはずななのに、その配列が違うことに良守は悔しさを覚える。
顔の善し悪しはともかく、一つぐらいなにか、男として兄に勝る配列にして貰いたかったと。
今のところ確実に正守より得手なのは製菓くらいだ。

「母さん似だもん。兄貴は」
「えー良守も赤ちゃんのときはお母さんに似てたよ」

修史はなぜか良守のアルバムも持ってきていた。
開けられたアルバムの中には赤ん坊の良守と、七歳の正守と。
赤ん坊である良守の目の大きさは、恐らく普通かそれより少し大きいくらいだろう。しかし、7歳の正守は確実に平均以上に目が大きかった。特に瞳孔が大きく、黒目がちで余計に目が大きく見えるのだ。
自分たち兄弟が似ていないと言われるのは、確実に目の違いだろうと良守は思っている。

「良守も看護婦さんに、男らしい眉ですねって言われたんだよ。男前になるって。」
「眉なら兄貴も同じ形じゃん」

ぶーたれると、兄貴が俺の頭をポンポンと軽く叩く。
んだよ、と言うとニヤリと笑って。

「いーじゃないか、ちっこくて可愛いぞ。目じゃなくて身長が」
「っ!!」

成長期な良守はそれなりに身長も伸びたが、兄に及ばず。平均より少し小さめかも知れない。
気にしていることを言われて、良守は怒鳴ろうとしたが、それよりも早く父が正守を窘めて叱ったので消化不良のまま、機嫌悪く自室へと戻った。










「なんだよ、チクショーあんなのあっという間に抜かしてやらぁ」
「だからあんたはバカなんだよ」
「なにぃ!」

仕事帰り、斑尾と帰宅しながら愚痴っていると斑尾に溜め息を吐かれる。
相変わらず白い妖犬は良守に対して厳しかった。

「そうやって反応するから正守が喜ぶんじゃないか」
「むっ」
「まぁ、反応の薄いあんたなんて正守よりもかわいげが無くなるだろうけどねぇ」
「俺はもとからかわいげなんてねぇ!!」

言いたいことだけ言ってさっさと門を突き抜け、本体のもとへと戻った斑尾に釈然としないものを感じながら良守は門を開け、石畳を歩く。
すると縁側で寝入っている正守が目に入った。
チッと思わず舌打ちをしてから慌てて兄が目覚めていないかを見る。
気配に聡い兄はちょっとしたことで直ぐ目を覚まし、そして良守をからかうのだ。
様子をうかがい、目覚めた様子がないことを確認して良守はそっと玄関へと急いだ。











「ったく、兄貴も斑尾もカワイイだとか、かわいげだとか…」

脱衣所で帯をしゅる、と抜きながら良守が一人ごちる。
18にもなってるというのに、周りは相変わらず良守を子ども扱いしていた。
確かに周りは年上ばかりだから仕方がないのだけれど、弟の利守まで良守より大人びて見えると言われるのは納得できなかった。
アイツの方がよっぽどかわいいじゃねーか、と思うのは良守が少々ブラコン気味だからかも知れない。
そもそも周りの人間(+妖犬)は良守が年の割に成長していない、もとい真っ直ぐで天真爛漫だと言うことを言いたいのだけれど、良守は至って真面目に日々を過ごしているので彼らの言うことが理解できていない。

そんなことを考えながらも手は自動的に着物を身体から剥いでいく。十年以上も毎日毎日着ていればその作業も意識なんてしなくてできるようになる。最近は父に任せっきりにするのが申し訳なくなってきたので洗濯籠に突っ込むことはせず自分で畳むようにはしているが、それだって1分も掛からない。
そして全裸になり、さて、風呂風呂、と仕事の後の小さな楽しみの為の場所へ向かおうとしたとき。
がらり、と戸が開き、冷たい風が吹き込んできた。
それと同時に現れた着物を着た巨漢…もとい良守の兄、正守。
扉閉めろよ寒いんだよ、とか、寝てたんじゃ…とか、っていうかなんで風呂場に来てんだよとか色々なことが頭をぐるぐると周り固まってしまった良守を、恐らく酒にでも酔っているのだろう、呂律が回っていない状態で正守が「あーいたの」と呟き、とろんとした瞳で正守が上から下まで眺める。
そして、一言。

「成長してないね、ソコも」

とんでもなく失礼な言葉を宣ってくれた兄は、あくびを一つした。










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烏森は封印してません。
タイトルほど重い話じゃないです。
08/01/13
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