三匹の仔猫
ある寒い日の夜。
勤めの帰り道に、正守は拾いものをした。
それはまだ小さな三匹の仔猫。
捨てられているというより、野良のようだったが。
子どもたちの情操教育に役立てそうだな、と思い三匹とも連れ帰ることにした。
突然の暴挙(猫たちにとって)に、特に激しく暴れる一匹を小さな結界の中に入れて。
全て懐にしまい込んで、夜行へと戻った。
「……で、その怪我ですか」
「うん。この子だけ、俺のこと嫌いみたい」
正守の右手の甲には、深々とした三本線が今も紅い血を見せている。
仔猫たちはまだ小さくて、大勢の子どもの相手には無理だ、という羽鳥の意見を聞き入れ、正守は仔猫たちを子どもたちには
見せないように部屋で遊ばせていた。
正守が触ろうとするとその一匹が怒るので仕方がなしに放置している。
あと二、三ヶ月もすれば子どもたちに与えて大丈夫だろう、と羽鳥はその様子を見て思った。
「名前はどうするんですか」
「ああ、考えてなかったなぁ…」
「それに、三匹も世話なんてできるんですか。仔猫はとても手が掛かるのに」
「そうだよねぇ。それに俺、嫌われてるし…。でも、誰かにって言っても子どもたちにまだ見つかっちゃ駄目でしょ?」
だったら、なるべく子どもたちから遠い存在の方が良い、と正守は言った。
正守が子どもたちにとって遠い存在だとか、近寄りがたいということはない。
ただ、頭領の部屋に勝手に入る子どもはいない、ということだ。
けれど、誰もいない筈の部屋から猫が騒ぐ音がすれば子どもたちも興味を持ち、もしかしたら勝手に入ってくるかもしれない。
そうなると、隠していた、と批難が来るだろう。
折角の情操教育なら、大人の猫か、犬にしてくれたらよかったのに、と羽鳥は思う。
仔猫だと小さすぎて、力の制御が出来ない子どもの相手をすれば、下手をしたら死んでしまうかもしれない。
「頭領」
どうしようか、と羽鳥が考えあぐねていると、外から翡葉の声がした。
「ああ、入って」
「言われたもの全て買ってきました」
正守が許可を出すと、翡葉と細波が入ってきた。
その手には、計四つも大きな買い物袋が提げられていて、羽鳥は嫌な予感がする。
「頭領…?それは…」
「猫のおもちゃとごはんと首輪とトイレと…色々だよ」
「お金の出所は…」
「ああ、俺のだから心配なく」
正守の返答に、ひとまず羽鳥はホッと息を吐く。
ペット用品の値段が高いのは、羽鳥も知っているからだ。
けれども、がさがさと、袋をあさる正守と細波と翡葉を見て、なんだか三人の浮かれた様子に気が滅入る。
いい大人の男が、仔猫三匹で…、と。
「頭領、首輪つけましょうよ」
「どれに何色がいいだろう」
「薄茶にはピンクがいいと思うんですけど」
上から翡葉、正守、細波である。
まさかあの細波まで仔猫に興味を持つとは思わなかった羽鳥は、少々嫌そうな顔をした。
それに気付かず、三人はまだ袋をあさっている。
結局、白い仔猫には青い首輪を、真っ黒な仔猫には赤い首輪を、薄茶の仔猫にはピンクの首輪を、という意見で纏まった。
正守が白い仔猫に、翡葉が黒い仔猫に、細波が薄茶の仔猫に首輪をつけようとしたとき、白い仔猫が正守から逃げ出す。
それを羽鳥がキャッチした。
怯えるように自分に縋り付いた仔猫に、羽鳥は自分も彼ら同じかも知れない、と溜め息を吐いて。
正守から首輪を受け取り、仔猫の首につけてやる。
正守には抵抗をするのに、自分には大人しい仔猫に好意を持たないわけがない。
「頭領、嫌われてますね」
「うん、引っかかれたし」
「他の子は大人しいのに」
「だよねぇ。ああ、翡葉、細波、その子達の世話をしてほしいんだけど」
正守が言うには、自分がいないときは翡葉か細波が、その二人がいないときは自分がそれぞれ自室で面倒を見る、ということだった。
流石に、誰もいない部屋に仔猫を放置する気はなかったのだと羽鳥もほっとする。
正守はゲージとトイレと餌の器をそれぞれに袋から出して渡す。
それで荷物が多くなったのか、とか、買い物を頼んだのは個室を持っている人間だからか、とか羽鳥は納得した。
「あと、名前も考えててよ」
「じゃあ、俺この子の名前を考えますよ」
「気に入った?」
「はい。今日持って帰っていいですか」
「あ、俺も」
「いいよ。じゃあ、俺はこの子の名前を考えよう」
正守が羽鳥の腕の中の仔猫を見ると、手を伸ばす。
それにビクッとした仔猫に構わず、正守は抱き寄せた。
フーフーッと息を荒くする仔猫を見て、羽鳥はどちらに同情すればいいのかわからなくなる。
「…私が、世話をしましょうか?」
「いいよ。俺、この子が気に入ったし」
生意気なトコがいいよね、と言った正守に、やはり羽鳥は仔猫に対して同情した。
その日、仔猫たちはそれぞれ翡葉と細波に引き取られ、正守の元に残った仔猫も暴れ疲れたのかそうそうに眠りについた。
毛布しかなく寒いゲージに入れるのもかわいそうだと思い、正守は自分の布団の中に眠った仔猫を入れてやる。
眠っている顔は、とても昼間に暴れていた仔猫とは思えないくらい気持ちよさそうだった。
今なら触っても引っかかれないし噛まれない、と思い正守はそっと仔猫の身体を撫でる。
熱いくらいの体温に驚く。
これも子ども体温というのだろうか、とクスリと笑う。
けれど、寝ている姿よりも起きて、あの深い青をした目で睨み付けてほしいな、と思う。
子どもたちの為に拾ってきた筈なのに、思いがけなく自分が嵌ってしまっていることに正守は苦笑を漏らし、どうやって懐かせようかと考えているうちに、浅い眠りへと誘われた。
次の朝。
仔猫はいなくなっていた。
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パラレルです。
正守は夜行の頭領で結界師です。
…細波さんの喋り方がわかりません…。
07/06/03
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