布団の中に一緒に入っていたはずの仔猫はいなかった。
その代わり、猫のような白い耳と尾が生えた裸の少年が心地よさそうに眠っていた。
























朝日に目を覚ますと、腕の中が妙に暖かかった。
ああ、仔猫か…抱き寄せようとすると毛皮ではなく肌のような感触と、仔猫にしては重い体重を感じた。
まだ寝ぼけているのか、と思いながら布団を捲ると、そこには白い仔猫はなく、気持ちよさそうに眠っている少年。
人の姿をした少年からは、微かに妖の気配が感じられた。
しかし、そんなことより何故、裸なのか耳と尾がついているのか、自分は一体何をしたのか、とパニックになった正守は、一気に目を覚まして布団から後ずさりした。

寝起きだからなのか、状況が状況だからか、普段の冷静な頭は働いていない。
稚児趣味は自分にはないはずだし、でも自分に気付かれず誰かが自分の布団の中に入れるはずがない。
というか、猫は何処だ。
ゲージを見るが、猫はいなかった。
ええぇ、何コレ、と正守が思ったとき、遠くからドタドタと足音が聞こえた。

「頭領〜〜〜〜〜っっ」

シーツを巻き付けただけの黒髪の少年を抱えた翡葉と、大きめの着物を着た薄茶の頭をした少年を腕に抱えた細波が襖を開けながら情けない声を出して部屋に駆け込んできた。
そのどちらの少年にも、猫のような耳と尾が見える。

「……えぇー…」
「朝起きたらっ」
「こうなってたんですよ!」
「もしかしてさぁ…」
「昨日の猫ですって!」
「マジで」

正守が後ずさりの姿勢のまま、確認するとマジです、と二人とも首を何回も縦に振った。
ということは、目の前にいるのは昨日の白い仔猫ということになる。
とんでもないものを拾ってきたようだ。

「妖か…?」
「妖まじりかもしれません」
「でも、昨日の時点では妖の気配はなかったと」
「と、取り敢えずさぁ…羽鳥呼んで。あと、この子達に何か着物を着せるように」

二人が来たことで冷静な頭が取り戻せた正守は、捲った布団を直しながら指示をした。











正守の布団で寝ていた少年は、未だ眠っていた。
その布団を端にやって、その横で正守を中心として会議が行われている。
羽鳥はこめかみを押さえ、横の男二人を見ないようにしていた。
翡葉も細波も、膝の上に猫の耳が生えた男の子を大事そうに抱えているからである。

「で、なんですかこれは」
「昨日の仔猫らしいよ」
「信じられません」
「でもねぇ。俺のとこにいた仔猫もいないし、その代わりにあの子がいたし」

正守が視線で示した先には、確かに白い猫のような耳が生えた男の子が布団の中で眠っていた。
確かに突拍子もないことを平気でする上司ではあるが、稚児趣味というのは聞いたことがない。
それも幼気な少年に猫耳なんて着けさせたというのなら、自分は転職を考えた方が良い。
寧ろ自分が頭領になった方がマシかもしれない。
と、不穏な考えを脳内から押し出して、一番妥当な線を羽鳥が言う。

「妖ですか」
「多分ね。でも詳しくはまだわからない」

喋んないんだよねぇ、この子達。
と、正守は困ったように溜め息を吐いた。
どちらの少年も、大人しく翡葉と細波の膝にいることから、それが嫌だというわけではなさそうなのだが。
名前を聞いても、何も喋らない。
ただ、未だ眠っている少年のことが気になるのか、そちらをちらちらと見るだけ。

「起こせばいいじゃないですか」
「だって、気持ちよさそうに寝てるし」
「…緊急事態ですけども」
「俺、これ以上嫌われたくないし」
「…私が起こします」
「助かるよ」

溜め息を吐きながら羽鳥は眠っている少年を起こしに掛かる。
名前を呼ぼうとして、知らないことに気付いた。
仕方がないので、軽く揺すって声を掛ける。
何度か目で、うっすらと瞼が開いた。
綺麗な紺色の瞳なのを見て、羽鳥は昨日の仔猫の瞳を思い出そうとしたがよく見ていなかったのか思い出せない。
しばしその色に見取れていると、急に少年の目が見開かれた。

「あ、」
「っっ!!」

勢いよく少年は布団を飛び出し、部屋の角へ飛び移る。
着ていた着物が邪魔なのか、脱ごうとしたが視界に入ったらしい他の少年を見てまた目を大きくした。

「限と閃を離せ!!」

ただ膝に乗せていただけなのだが、拘束されているのだと誤解したらしい少年は翡葉と細波に飛びかか
ろうとしたところを、正守が結界で囲んだ。
どうやらこの少年は喋ることはできるようだ。
ならば、後の二人が喋らないのはなにか理由があるのだろうか。

「頭領、それは」
「いや、だって。この子、攻撃的だから」

突然現れた囲いに、少年は鋭い爪で破ろうとするが力が正守より劣っているらしく破れない。
それでも必死に暴れている少年の側に、他の二人の少年が近付こうとしているのか、慌てたように膝から降りた。

「待って、君たち。どっちが限でどっちが閃?」

二人は顔を見合わせると、薄茶の髪の毛の少年が正守に向かって口を開く。

「俺が閃、こいつが限。その、暴れてるのが良」
「どうして喋らなかったんだい?」
「…良が、どうするかわかんなかったから」
「んーよくわかんないんだけど…。取り敢えずこの子が暴れないようにしてほしい。できるかな」
「良を殺さないなら」
「殺さないよ。勿論君たちも。ただ、色々訊きたいことがあるけど」
「……わかった」

閃が頷いたので、正守は良守を囲んでいた結界を解いてやる。
良守が飛びかかる前に、閃が良守を押さえ込んだ。

「落ち着け」
「閃っ離せよ!限っこいつをどうにかしろっ」

良守が限の方を見ても、限は首を振るだけだった。

「なんで、こいつら俺達を捕まえたのに!」
「このまま暴れ続けると、殺されるぞ。俺達より強い」
「っ!でも!」
「お前はとにかく落ち着け」

殺さない、と正守は言っていたが敢えて身の危険を感じさせる言葉を閃は使ったようだ。
その方が良という少年が大人しくなるだろうと考えたのだろう。
この閃という子は、使えるかも知れないと正守は思う。
このまま細波のところに置いておくのもいいかもしれない。

暫くしても良という少年は落ち着きそうになかったので、閃にそのまま抑えていて、と言う。

「あのね、君たち妖だよね?連れて来ちゃったのは悪かった。けど、君たちが妖だと知ったからには放置できないんだよ」
「なんでだよっ」
「俺達は妖退治が仕事でね。君たちが危なくないことを確認しないといけないんだ」
「お、俺達は人間に手だししてねぇ!」
「うん、だから色々話を聞かせて?」

できるだけ優しく見えるように正守がにっこり笑うと、良は閃と限を見た。
それから正守を見る。

「…あんたの訊きたいことに答えられたら、俺達を解放してくれるのか」
「問題がなかったらね」

本当は解放するつもりなど毛頭ない。
危険な妖ではないようだが、そんなことよりも正守はこの良という少年を気に入ってしまっていた。
猫の姿のときだけでなく、こうやって人の姿をとても気に入ったので側に置いておきたい。
それは翡葉も細波も同じだろう。
けれど、それを言ったら絶対に話を聞かせてくれないし、暴れるだろう。
だから正守は、笑顔でそう言った。
その笑顔に胡散臭さを感じたのか良の眉は顰められたままだったが、それしか手がないとわかったのか溜め息を吐いて。

「わかった」

と、一言だけ呟いた。









------------------------------------------------------ えっと。 良守の名前が一文字なのは、限と閃が一文字なので合わせたのですが、あとで変わります。 07/07/02 back next