犠牲者と戦闘機。 それは共鳴者と似て非なるもので、同じところに方印が出たもの中でも、犠牲者が全てのダメージを請け負い、 戦闘機は戦いを全て引き受ける組み合わせを言う。 共鳴者が全てに置いて平等であるのに対し、戦闘機は犠牲者の命令に絶対服従でしか存在し得ず、戦闘機自身も 多くは犠牲者による支配を望む。 また、犠牲者の戦力は元々があまりないので、戦闘機の有無に左右されないが、戦闘機は共鳴者と同じように 犠牲者なしの場合では戦力が半減するし、犠牲者がいればフルパワーで戦うことが出来る。 そして犠牲者に選ばれたものは、ほとんど烏森で死ぬことがない。 それ故かどうかは不明だが、犠牲者と戦闘機の組み合わせの結界師が産まれるのは稀だという。 それが一通り正守が述べた、説明だった。 けれど、良守には腑に落ちない点がたくさんある。 「俺、犠牲者?」 「そうだ」 「俺、一人で戦えるんだけど」 良守は正守がいない間、ずっと一人で戦ってきた。 確かに、力が満ちているというような気分になったことはないが、共鳴者を持つ隣の姉妹が偶に驚くほど、 一人でもそれなりに強い妖を滅することもできる。 だから良守は、自分が戦闘機の間違いではないか、と言う。 しかし、繁守も正守も首を振った。 「お前は例外、なのじゃ」 「例外って」 「良守、お前の潜在的な力は、俺よりも強い」 「おかしいじゃん、それっ。だってじゃあ、なんで兄貴が俺の戦闘機なんだよ」 「それはわからん」 祖父や兄にわからないことが、良守に理解できるはずがない。 仕方なく、良守はもう一つ重要なことを正守に聞いた。 「俺がいないと、兄貴は力が弱くなるんだろ?じゃあなんで出て行ったんだよ」 「それは」 「おじいさん」 繁守が何かを言おうとして、正守が制した。 それに不満を持って、良守は正守を睨むように見る。 すると正守はにこりと笑う。 「お前を守るためだよ」 その笑顔は昔の、まだ幼かった良守を優しく包んでくれた頃の兄と同じで、一瞬気後れしてしまう。 その隙に、正守は再び説明をし出した。 「俺はお前より弱い。けれど俺のダメージは全てお前に行ってしまう。俺は強くならなければいけなかった。 だから、母さんについていった。わかる?」 「母さん?」 矢次に説明され、良守は混乱しかけるが一つの単語にピクリと反応してしまい、他のことはどうでもよくなってしまう。 「母さんと一緒だったってことか?」 「ああ、それも覚えてなかったのか。俺が出て行ったのは義務教育を終える前だっただろ?だから母さん が留まる土地の学校に通ったりしたんだよ。勿論、転校した回数は尋常じゃないけどね」 自分が母を恋しがっていると自覚はないにしてもマザコンの気がある良守は、少なくとも自分より母と一緒にいること が出来た兄に嫉妬の感情を覚える。 しかし、その代わり正守は父、祖父、弟と離れなければならなかったし、それも自分の為だと言われると文句も言えない。 だけれど、やはり羨ましかった。 「母さんはね、お前が7つになって俺達が正式に契約を結ぶ前に、と考えたんだ」 しかし、正守は良守の心情を理解したようで、苦笑しながらも説明を加えてくれる。 それがわかった良守は少し恥ずかしくなり、下を向きながら、けいやく、と呟いた。 「契約、したらなんか問題あったのかよ?」 「契約したら、離れても術を使っている間は俺のダメージがお前に行くんだよ。それに離れると俺の力も半減するし」 契約というのは、結界師が共鳴者などと正式なパートナーとなることである。 それ以後は二人は決して離れることがないし、できない。 それは大抵幼い方の結界師が7歳になったときに行われることになっている。 しかし、契約以前なら影響を及ぼし合うこともなく、離れても戦力が半減することもない。 ただし契約をしなければ本来持っている力を発揮することはできず、半人前として扱われ、方印が出ていても烏森を任 されることはないので、大抵は契約できるようになったらすぐ行われるものである。 「今日、契約するのか?」 「するよ。お前がよければね」 「…なんで俺、なんだよ」 「だって俺にはお前がいないといけないけれど、お前には俺が必要ないと言えばそうだからね」 突き放されたいい方のように感じて、良守は顎骨をしめた。 確かに、話を聞いた限りでは契約て不利なのは自分の方だ。 一人で戦えるのに、二人分のダメージを引き受けるなんて。 けれど、ずっと正守が生きていればいいのにと思っていたのに、その気持ちを否定されたようで哀しくなる。 「でも、契約しないならお前だって」 「違うよ。俺はお前の戦闘機だ。お前がいないと駄目なんだよ」 正守の言っていることが良守には上手く理解できなかった。 契約をすれば、自分が側にいることで正守の術の力は強まる。 けれど、自分がいなくても正守が十分強いことは良守も知っている。 良守よりも弱いと言っているけれど、幼い頃に聞いた正守への賞賛の言葉は数限りなかった。 それなのに、なぜ。 どうしたらいいのかわからなくなり、繁守を見るが、繁守は腕を組んだまま無言で二人を見ていた。 そして暫く部屋を沈黙が支配する。 その沈黙を破ったのは、正守だった。 「良守。お前が望めば俺はお前の為に戦う。全てからお前を守る。それが、戦闘機が望むことだよ」 良守には自分の意志で正守を動かすことなど出来ないと思う。死んだと思っていた兄が生きていたということだけでも 混乱するのに、その兄はまだ子どもである良守には重すぎる言葉を平気で吐く。 それでも、正守の目を見れば本気で自分が望まれていることがわかる。 自分だってずっと、兄を望んでいたんだと伝えたかった。 でもそれはまだ、正守のようにはっきり言葉に出来る程良守の中で整理されていない。 だから、良守は一言だけ告げる。 「契約、する」 そして、その晩に契約の儀式が行われることになった。 ---------------------------------------------------------- 正守は良守命です。 07/06/17

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