「俺、この部屋から出たい」
駄目だと言われるのを承知で雷覇に頼んだ。
雷覇は一瞬困った顔をして、それから明日返事するとだけ言って部屋から出て行った。
動けるようになってから、自分で部屋の外へ出ようと何度か試みた。
小さな窓は開くけれど、テラスに続く窓は開かない。
ドアは鍵か何かで開かないようになっていた。
やっぱり、軟禁されてるのだ。
ならば直接交渉しかないと思った。
次の日の夜。
がちゃり、と音を立ててドアが開いた。
入ってきたのはいつも通り、雷覇だけだった。
「お茶しませんか?」
そう言うと、ティーセットをテラスに持って行った。
テラスへ続く窓の鍵が開けられたとき、少しだけ心臓が高鳴るのを感じて、必死でそれを抑える。
今は昼じゃないから太陽の光を直接あびることは出来ないけれど、久しぶりの外の空気に嬉しくなる。
雷覇に続いて、テラスに出ると満月が煌々と輝いているのを見て少し興奮した。
心が興奮したのではなくて、血が沸き立つような。
「座ってください」
複雑な模様が浮き彫りされた木の椅子に座る。
同じく不思議な模様のテーブルに乗った紅茶と茶請けの菓子がいい匂いだった。
雷覇が紅茶を淹れてくれ、一口飲んで美味しいというと微笑まれた。
「体調はどうですか?」
「よくわかんねぇ」
昨日俺が言ったことを誤魔化そうとしているのか、それとも関係があるのかは俺にはわからなかった。
ただ、まだ出られないのだということを漠然と感じた。
体調、どうしてそこまで俺の身体のことを気にするのだろう。
紅麗は俺に何をしたいのだろう。
苦しめと言ったクセに、何もしてこない。
「…月が綺麗でしょう?ここのテラスは一番月が綺麗に見えるから紅麗様のお気に入りの場所なんですよ」
俺が考えていることが分かったのかどうかは知らないが、そんなことを雷覇は言った。
お気に入りの場所、ならば自室にするはずじゃないか。
だから嘘だと思った。
「紅麗様は迷っていらっしゃいます。あなたをどうすべきか」
「……迷うって、殺すかどうかってことか?」
「まさか。そんな非道な方じゃありませんよ。ただ、あなたがいると昔を思い出すのでしょう」
「だったら、追い出せばいいのに…」
「いいものをお見せ致しましょう」
そう言って雷覇が懐から取り出したのは一枚の写真だった。
そこには、家族と思われる三人が写っていた。
「これは…」
「在りし日の桜火様、奥方の麗奈様、そして幼い頃の紅麗様です」
雷覇が持ってきていた本でヴァンパイアが写真や鏡に映らないということはデタラメだと知ってはいた。
物理的に存在するのだから写って当たり前だ、ということらしいが。
実際に見ると少し驚いた。
だって、普通の人間と何も変わらない。
「桜火様はあなたにそっくりでしょう?」
「そう、かな…」
片眼に斜めの傷が走っているが、写真に写っている桜火は穏やかに笑っていた。
紅麗とは全く似ていなくて、確かに目元などは俺と似ているかもしれない。
その横に立っている女性は、紅麗の生き写しのようだ。
そしてその女性も穏やかに微笑んでいる。
二人の前に立っている子どもが紅麗なのだろう、少し照れくさそうに笑っている。
この家族はどこにいても、人間だろうとヴァンパイアだろうと幸せだったのだと一目で分かる写真だ。
それを俺の母が、俺が壊したというのだろうか?
だったら恨まれても仕方がないのだろう。
あれだけ憎んでいた対象に、同じように憎まれると言うことは変な気分だった。
しかし、同じように憎んでいただけその感情が理解できる。
「やっぱり、俺は…」
「もう少しだけここにいてください。紅麗様の答えがでるまで。もちろん、城内を自由に御覧になって構いません」
「でも、」
「大丈夫です、紅麗様に許可を頂いています」
身体の状態がまだ全快していなかったのと、雷覇の強引さに負けて俺はもう暫くこの城に滞在することになった。
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07/08/11
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