人魚姫
「駄目ですって!」
「そこを頼むよ」
深い海の底の、小さな商店。
その奥の方で、二人の男がも揉めていた。
「アンタね、王子でしょ!出奔なんてしたらっ」
「ボク次男だし。頼むからー」
「次男でもアタシが厳罰くらうじゃないっすか!」
「えー大丈夫、そこは上手くやるから」
怒鳴っている方は、帽子を被っている。彼の名は浦原喜助といい、名の知れた薬師だった。
腕利き過ぎた為、余計な薬を開発し王宮から追い出されたが、彼は街のはずれで商店を開いていた。
そこを訪れたのは、彼を追い出した王宮に住みながらも街へよくお忍びをしている京楽春水という人魚だった。
彼は王の次男といえども王子として本来ならば関わってはいけないけれど、興味本位から浦原の店へよく出入りしていた。
そんな京楽がある日突然、浦原の店を尋ね無茶な要求をしたのだ。
それは。
「大体ね、人魚が人になるってことがどういうことか分かってんスか!?」
「わかってるよ」
「魔力もなくなるし、戻れなくなるんスよ!?」
「承知している」
「っ何が目的ッスか」
「会いたい人がいるんだ」
薬で人魚から人の姿にしてくれ、と京楽は頼んだ。
その薬こそが、浦原が王宮の薬師ではなくなった理由である。
人魚は人魚として生きなければ、世界の秩序が崩れると判断した王宮は彼にその薬の製造を禁止した上、追い出した。
そして監視をする為に城下街に彼は住まわされることになった。
そこで薬とは全く関わることなく、細々と小さな商店をで生計を立てている。
ように見せかけて、実はひっそりと趣味と実益をかねて色々な実験をしていた。
それに京楽は興味を持っていたのだ。
そして、それら全てを知った上で京楽は頼んでいた。
「はぁ、ヒト?あ、もしかしてあんた、上に行ったんスね!」
「うん。割と頻繁に」
「禁止されてるのに!」
「…喜助くんに言われても」
人魚が人魚の世界で生きていく為に、外の世界との接触は禁じられている。
特に、海の外の世界とは。
けれど、京楽は街以外にも一人でこっそり色んなトコロへ遊びに行っている。
「ねぇ、頼むよ、おねがい。ボクの全財産をあげるよ。なんだったら上の世界の珍しいものも喜助くんに持ってくるよ」
「…どうして、そんなに」
「会いたいんだ、もう一度」
「…言っておきますけどね、この薬は未完成ッス。まだ試したことがないから副作用がどんな風に出るかわからない」
「うん」
「上の世界じゃあ、どんな状況になったって誰もアンタを助けることはできない」
「うん」
「それでも?」
「ああ、それでも会いたいんだよ」
真剣にそう言った京楽に、浦原は一つ溜め息を吐いた。
言っても無駄なのだろう。
自分が断ったとしても、彼はこの世界から飛び出していくのだろう。
それならば、人として送り出してあげた方が安全だ。
どんな副作用が出たとしても、人魚としてよりはよっぽど安全だろう。
そう思って、浦原はわかったと言った。
「ホント?」
「ええ、けれど今は駄目ッス。解毒剤を作ってアンタに渡します。だから、もう少しまって下さい」
「解毒剤?」
「…外の世界で危険な状況になったら、人魚に戻って逃げて下さい」
浦原は、海以外で人魚が生きる難しさを知っていた。
全く違う世界で生きる不便さもあるし、身寄りのない頼りなさもある。
けれどそれ以上に、「元人魚」だと知られてしまえばどんなことになるかわからない。
迫害を受けるだけならばマシだろう。
けれど、上の世界では人魚の様々な伝説が知れ渡っている。
不老不死だとか、涙が真珠だとか、殆どが事実無根だが、そう思われているから。
生きたまま地獄を見るかも知れないのだ。
だから、真剣にそう言った。
「…作れるの?」
「一週間か二週間後には、必ず作って見せますよ」
「わかったよ。頼む」
浦原の様子に京楽も、真面目な顔をして頷いた。
心配をされていることが伝わってきているから。
けれど、どんな状況になったって自分は戻らないだろうということも分かっていた。
死んだって、戻らないのだと決心していた。
それを浦原もわかっているだろうけれど、彼らはそれを口にはしなかった。
そして一週間後。
京楽はある海岸に打ち上げられる。
尾ひれではなく、足が生えた人の姿をとって。
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えー…京楽さんが人魚です。
想像しないで頂けると…いえ、あたしは楽しいんです。とても。
お礼になってないですね…(^^ゞ
暫くおつき合いくださいませ…。
あ、中で説明できなかったのですが、「解毒」は薬効をうち消すという意味で使ってます。
多分それで大丈夫だと思うので…その薬が毒のようなものでもあるので(^^ゞ
07/04/08
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