人魚姫














その日は嵐だった。
折角、王宮から抜けだしたのになぁ、と京楽は海面近くでしか生息しない魚たちと戯れる。
すると、真上から人間が落ちてきた。

「え、ええっ?」

魚たちは驚いて、一斉に京楽の側から離れる。
京楽は一瞬呆けたが、慌てて落ちてきた人間を抱え上げて海面に上昇した。
人間は、海では呼吸ができないと知っていたから。

海面近くと言っても、人一人を抱えて上昇するには少し時間が掛かる。
京楽が海面に顔を出した頃には、この人間が乗っていたであろう船はもう遠くに行っていた。

「なんて薄情なんだろうね。まぁこの嵐ならしかたがないか…」

人間では、嵐では海に落ちたものの救助などできない。
どうしようかと思い京楽は人間を見ると、その人間の呼吸がないことに気付き、近くの岩場へと人間を運んだ。
この岩場は、広い海の中にひょっこりできた、小さな島のようなところで。
そこに人が一人くらい入れる大きさの穴があった。
京楽はそこに人間を持ち上げ、雨から人間を遮る。
心臓の鼓動を確認すると、動いているようだ。
けれど、呼吸が戻らない。

こういうとき、どうすんだっけ?と京楽は考える。
取り敢えず、水を吐かせるべきか…と、人間の身体を横にして背中を軽く叩いてみた。
すると、ケホっと咳き込んで水を吐き出す。
何度かに分けて水を吐き出した後、弱々しくだが呼吸が戻ったことに京楽は一安心した。
けれどまだ意識が戻っていない。
今は激しい嵐だし、意識が戻っていない状況では船を呼んでも助けられないだろう。
ほおっておくには心配なので、京楽は海面から半身だけ出して側にいることにした。






半日ほど経つと、嵐は遠のいた。
しかし、暗くなっていたので、京楽は次の朝を待つ。
京楽も早く帰らなければいけないけれど、それよりも大事なことだと思っていた。
段々と夜が明け、白けてくるとよく見えなかった人間の容姿が見えてくるようになっていた。
浅黒い肌に、真っ黒でカーブの掛かった髪の毛を持つ青年を見て、京楽は息を呑む。
海の世界にこんな色を持つ生き物はいない。
日の光が届かないせいか、海に住む人魚達の肌の色は白しかない。
なんて、美しい色をしているのだろう。
そっと頬を撫でると、弾力のあるきめの細かい肌をしていた。
見た目より若いような気がする。
でも、とても筋肉が発達していて、やっぱり見た目相応の歳のような気もする。
そうやって京楽が全身を眺めていると、朝日に何かが反射してきらりと光る。
胸もとに金色のコインがあった。
それを京楽は手に取って見る。

「…これは、たしか…」

どこかで見たことがある。
そう思って京楽は記憶を辿るように考え込んだ。
思い出したのは、地上のことが書かれた禁書。
ひっそりと隠れて読んでいた、その本の中に記されていた。

「人魚の国に最も近い国のコインだ」

その場所は知っていた。
何度か見に行ったこともある。
海辺に建っている真っ白い城はとても美しかった。
この男はその国の人間か、と京楽は思った。

周りを見ても船が通る気配もない。
ならば、届けてやろう。
そう、思って京楽は歌を歌った。
京楽の歌には魔力があり、京楽が望んだものを引き寄せる。
京楽が呼んだのはイルカだった。

「ねえ、この人を向こうの国まで運びたいんだけど、手伝ってくれるかい?」

京楽の問いかけに、イルカたちは鳴き声で了解の意を示す。

「ありがとう」

男は体格が良いので、何匹かのイルカが代わる代わる、交代でゆっくりと運んでいた。
京楽はその横で、海に落ちないように男を支える。
岩穴から出て強い日差しに当たるその男から、何故だか京楽は目を離せなかった。




















----------------------
next
back
07/06/05