人魚姫
大丈夫、口には出せなかったけれど京楽はそう言いながら泰虎の肩を撫でた。
泰虎は驚きながらもそれに安心したのか、身体の力をゆっくりと抜き、京楽にもたれ掛かる。
「…京楽さん、」
名を呼ばれ、ん?と京楽が首を傾げて続きを促した時、京楽の部屋のドアが盛大に叩かれる。
返事もしないのに開けられたそのドアの向こうには王と、藍染がいた。
「父さん」
「ここだと藍染殿が言うのでな」
京楽は王に軽く頭を下げてから、藍染を見る。
眼鏡の奥底に光る瞳からは、敵意は感じられない。
藍染が泰虎と婚姻を望むのなら、この状況は好ましくないだろう。
なのに、何故だろうか。
京楽はその理由を何となく、分かっていた。
「婚約は正式に発表することにした」
「なっ」
「三日後だ」
「父さん!!俺はイヤだと言ってるのに!」
「話はそれだけだ」
くるり、と王は踵を返し、乱暴にドアを閉めた。
隙間から見えた藍染は少し得意げな表情を作っていた。
「どうして……、どうして」
床にへたり込み、泰虎は首を振る。
どうしてこんなことになったのか、泰虎にはわからない。
けれども、京楽には大凡の理由がわかっていた。
あの男は人間ではない。
恐らく、人を操る力を持っている。
けれどもそれが泰虎には効かない。
泰虎に対して愛情の欠片も示していない彼が結婚に強引に持ち込みたいのは、城を我がものにする為だろう。
それも、血を流さない方法をとっていると言うことは単独でスムーズにことを勧める為だと予想できる。
それなのに京楽が現れ、泰虎は京楽と時間を過ごしている。
たとえ泰虎に人を操る力が効かなくとも、時間を掛ければどうにかなると思っていた所に京楽が現れたのだ。それに藍染は焦っている。
このまま強引に事を運ばせて溜まるものかと、京楽は泰虎を守るように抱きしめた。
平常心を失ってしまった泰虎を京楽は部屋にかくまう。
王子が引きこもっているというのに、誰も心配し、様子を見に来るものはいなかった。
唯一給仕が二人分の食事を持ってくることを除いては。
恐らく城のもの全てが操られているのだ、と京楽は確信する。
辺りが暗くなり、京楽はベッドで眠った泰虎の腰から剣を引き抜いた。
泰虎は平和が好きで剣を持つのは嫌がっているようだったのだが、奔放な王子を心配してか王が持たせていたようだった。
それに京楽は感謝し、与えられた部屋を静かに抜け出す。
目的の場所は、藍染の部屋だった。
京楽が藍染の部屋のドアをノックしようとした時、待ち受けていたかのようにドアが開かれ、そこに藍染が居た。
藍染は京楽の剣に目を遣り、くすりと笑う。
「いいんですか?」
それはどういう意味かと京楽が目で問うと、読心術でもあるかのように藍染はしゃべり出した。
「あなたは今力を大分失っているようです。僕と戦って勝てるとでもお思いですか?」
やはり、藍染は京楽が人間ではないことに気付いていた。
それも元々弱いのではなく、何かしらの原因で力がなくなっているということまで見抜いている。
この城にいるもの全てを操れる力といい、かなりの手練れなのだろうと京楽は思った。
それでも人魚だと言うことは気付いていないだろうけれど。
「僕はあなたと王子が逃げて貰ってもかまいませんよ。追ったりはしません」
逃げることを提案すると言うことは、やはりこの男は泰虎ではなくこの城が目当てなのだと理解し、京楽は殺気立つ。
その変化に、藍染の顔色も変わった。
「仕方ないですね…面倒ですがあなたを倒さねばならないようですね」
藍染は腰に手を当て剣を引き抜いたのを見て、京楽も剣を握る力を込める。
しかし、藍染はふと思いついたように外を指さした。
「城を荒らしたくはありません。海岸にしましょう」
藍染はこの城を我がものにするつもりなのだろうから、余計な闘いで壊したくないのだろう。
京楽も泰虎の城を壊すのは本意ではない、し海の近くというのは京楽にとって都合が良かった。
どう考えても、今の京楽の力では藍染に勝てる確率はゼロに近い。けれど、クスリを使い人魚に戻ってしまえば自分は人間に戻れなくなったとしても泰虎は守れるのだ。
京楽は促す藍染に相づちを打ち、海岸へ向かった。
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できれば次で終わりたい…。
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07/01/25
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