「お前の母もお前もどうでもいいが、私のテリトリーに侵入されたのは許せないな」
どうでも、なんて思ってない目でそう言われた。
「殺せば、いい」
許せないなら殺せばいいと思った。
仇はいない。
もう故郷へも戻れない。
人でなくなったのだから。
「楽にはしてやらん」
「…?」
「今のお前では自害もできんだろうな。その力さえ戻っていない。私にはお前を殺すことはできるが、殺さない」
苦しめばいい、そう紅麗は言って俺に背を向けて部屋を出て行った。
だだっ広い部屋に一人残された俺は、紅麗の言っている意味がよく理解できなかった。
死のうと思えば死ねる、炎なんかなくても死ねる。
例えば、心臓を鋭いもので突き破る、頸動脈を切る。
簡単だろう、と思って力の入らない身体でベッドから這い降りようとしたら、そのまま落ちてしまった。
そのベッドは結構高くて、床に身体が打ち付けられた。
動けない、そのまま仰向けになって天井を仰ぐ。
足にはもう力が入らなくて、どうにもならなかった。
日光に当たっても平気だし、他に弱点と言えば聖水やクロスしか思いつかないがそんなものがヴァンパイアの部屋にあるわけないし、あったとしても死なない気がする。
純粋なヴァンパイアは、多少のことでは死なないと言っていたあいつも、日光が平気だった。
そんなこと知らなかった。
今まで俺が相手をしていたヤツは、日光に弱かったし、聖水やクロスを嫌っていた。
純粋ってなんだ。
俺はハーフだろ。
桜火って何ものだったんだ、一体。
今はどうしようもない、と分かったら冷静になった。
冷静になると、先程聞かされた桜火の死の真相が知りたくなる。
それからでもいい、死ぬのは。
そう思ったら急に眠たくなって、床に寝転がったまま寝ることにした。
さっきまで背に当たっていた柔らかい布団も気持ちよかったけれど、今の俺には硬い床の方が相応しく思った。
目を覚ますと、さっきと同じようにふかふかで大きいベッドの中にいた。
あいつが…?と思っていたら、ベッドの向こうに人影が見えて身体が一瞬硬くなる。
それに気付いた人影がこちらを向くと、それは紅麗ではなくもっと軟らかい表情をしていた。
「気付かれましたか」
「……」
「私は紅麗様にお仕えしている雷覇といいます」
この城に、紅麗以外がいることを知らなかった。
少しの間事態が飲み込めずその男を凝視したにも関わらず、優しい笑みを崩さない。
「ベッドから落ちていましたが、どこか痛い所はありませんか?」
「…いや」
紅麗と違って威圧感も何もない雷覇に、少しだけ身体の強ばりが溶けた気がした。
「随分眠っていらっしゃったから、お腹空いたでしょう?何かお持ちしましょうか」
「…血、は飲みたくないから、いい」
「ご存じないのですか?ヴァンパイアは人間と変わらない食事ができますよ」
「そうなの?」
「ええ、特にあなた方純粋なヴァンパイアは血を飲まなくても長い間生きていけます」
いい方から察すると、この人は「純粋なヴァンパイア」ではないようだ。
その区別はどこにあるのかわからないけれど。
訊いても良いのかわからず、逡巡していると俺の腹から音が鳴った。
「……えっと」
「パンとスープでいいですか?」
「うん、あの、ありがとう」
「いいえ、お礼なんていりませんよ。また何かあったら言ってくださいね」
雷覇は一度、会釈をすると部屋から出て行った。
思い返せば、ヴァンパイアについて必要最低限の知識しか得ていなかった。
城に一人で住めるわけがない。
ヴァンパイアにも階級があるのは知っていたが、それが「純粋なヴァンパイア」と関連しているのかもしれない。
桜火は賞金首のレベルが高いだけでなく、ヴァンパイアの中でも身分が高いのかもしれない。
次に雷覇が来たら、色々聞けたらいいな、と思った。
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お仕えしているのは雷覇さん以外もいます。
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07/06/29
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