変化





鏡に向かっていーっと口を開く。
以前から少し八重歯気味だったが犬歯が、より鋭くなっていた。
それはもう、俺が人間ではないという証。


あの朦朧とした意識で俺が見た男は紅麗だった。
あの男は一体俺をどうしたいのか。

一度口にしたあの液体は恐らく血液。
誰のものか分からない血液。
そう思うだけでぞっとするのに、確かに甘美な味だった。
あれがなければ俺は生きていけないのだ。
今の俺は母親の敵討ちという目的も失って、人間ですらなくなって。
帰るところももう、ない。
この体では、薫のところに帰れない。

それはいっそ絶望的なことで。
これが紅麗の望んでいたことなのだろうか。

元々死ぬ覚悟で火影を出てきたのに、帰れないとなったとたん恋しくて仕方がない。
こんなことなら、何も知れなければ良かった。
果てない後悔が俺を襲い、思わず壁についていた指先に力が籠もる。

その途端、ぴき、という音がした。
指先を見ると壁がひび割れている。
どうやら、俺の指先の力だけで壁が割れたようだった。
力が、増しているのだろうか?

試しに、小さな炎を創り出してみようと思った。
少し、のつもりだったのに大きく、そして密度の高い綺麗な炎ができた。
それは人間だった時にも創ったことがないような、炎。

そう言えば死ぬ前、紅麗が「炎が強力になる」と言っていた。
その言葉通りなら、俺は強くなったと言うことだ。

だったら。
だったら。
ここから、逃げれる?



回復するまで世話を焼いてくれた雷覇の存在に罪悪感を抱く。
紅麗の為に、と言われた。
けれど、俺はここに閉じこめられているのはイヤだ。
出て行ってどこに行けばいいのかなんてわからないけど。

大きな窓を開けて、テラスに出る。
下には紅麗はいない。
まだ昼間だから、雷覇も他のヴァンパイアもいないはず。

テラスの外には森があった。
元々の人間火影は身体能力に優れている。あのくらいなら、飛べる。

手すりに足をかけ、一番近く、太い木めがけて飛ぶ。



その時、紅麗がその様子を見ていたことを俺は知らなかった。











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逃亡。
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07/11/04







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