人魚姫
王子が気がついたのは、城の近くの海岸だった。
そこを通りがかった男性が助け、胸元のペンダントから王子だと判断した。
その男性は他の国の貴族だといい、王や王妃は暫く留まるように希った結果、その男性が留まって十日が経った。
すなわち、王子が生きて戻って十日。
その十日間、王子は居心地の悪さを感じていた。
自分が船から落ちた後、国の者全員が心配していたらしい。
勿論父や母も。
だから、その王子を発見した貴族の男性、名を藍染と言った、に感謝するのも当然だ。
しかし、その感謝の雰囲気がおかしい。
なにがおかしいのか、はっきりはわからないのだが違和感が付きまとう。
藍染は貴族と言っても跡取りではないため各地を放浪しているらしい。
ちゃんと家紋の入ったペンダントも持っていたし、身なりも小綺麗だ。
だが、「藍染」という名の貴族は知らない。
遠い国のことだから、ということで済ませているが。
それに何よりも、あの笑顔が信用できない気がするのだ。
王である父に向ける顔は誠実そうなのに、自分を見る時の目は怖い。
顔は笑っているのに目は笑っていない。
視線を向けられれば、思わず目をそらしてしまう程。
どうして他の人はあの目に気付かないのだろう。
助けて貰って思うことではないが、できれば早く去って欲しい。
でなければ、何か嫌なことになりそうな予感がする。
藍染に対する歓迎ムード一色の城内は息苦しくて、王子はこっそりと自分が発見されたという海岸へと足を運ぶことにした。
波の音以外はなにも聞こえない海岸の白い砂の上を歩く。
ここからは城の全体像が見渡せて、でもそちらを今は見たくない。
あの夜のこと、大きな波が自分をさらい、海へ放り出されて藍染に発見されるまで意識はなかった。
けれども、時々夢の中でイルカの鳴き声と、男性の歌声のようなものが聞こえていた。
それはとても心地よくて、いつまでも聞いていたいような。
勿論、イルカがいるような深い海に人間がいるはずがないから、単なる夢だろう。
けれど、意識のない自分がどうやってこの海岸まで流されたのか。
何か木ぎれのようなものがあったわけではない。
完全に意識がなかったのだ。
普通ならば死んでいる。
何故だろうと思う。
藍染のことにしても、自分が海から放り出されてからおかしなことが多い。
「確か、ここら辺…」
王子が流れ着いていたのは、岩場よりの海岸だったと聞いていた。
そこの辺りは少し水深が深いから、もしかしたらイルカがいるのかもしれない。
でも、もしイルカがいたとしたらあの歌声は誰だろう。
もしかして藍染?それは違う。
だってあの歌声は優しくて、心地よかった。
藍染の声は、全身を支配してきそうな程固い。
だから違う。あれは夢だ。
何度もそう思って王子は岩場近くの海岸を目指す。
するとその岩場が見えた頃、人影を見つけた。
半身が海につかっているが、全てが肌色で恐らく全裸だ。
海へ流された時に脱げたのか、それとも海賊に襲われ身ぐるみ剥がされたのか。
どちらかわからないが、王子は急いでその人影の元へ走った。
「大丈夫かっ」
近付いてみると、いい体格の男性で身体には傷一つない。
意識がないようなので呼吸を確認をすると、息はあった。
ホッとして、それから自分が来ていた上着をその男の肩に掛ける。
放って置くわけにはいかない。
王子は力がとてもあったので、その男性を軽々と持ち上げ肩に乗せると城まで運んでいった。
城に戻ると、大騒ぎになった。
王子が人を拾ってきた。
それも全裸だ。
ああ、濡れている。王子の服が。なんてことだ。
そう口々に騒ぐもの達を無視して、一番近くにいたものに医師を呼ぶように命じた。
両親は何ごとかと聞いてきたが、事情を話すと空き部屋の一室を使う許可をくれた。
それによって騒いでいたもの達も静まり、王子の手伝いをし始める。
体格の良い兵士が、王子から男を受け取ると使って良いと言われた空き部屋へと運んでいった。
「王子、服をお召し替え下さい」
「ああ、着替えたらすぐ俺も行くから」
王子が熱心に人を救おうとしていることに皆が感心し、これは絶対助けなければ王子の顔を潰すことになる。
そう言い始めて、医師や、衣服、起きた時にすぐ何か食べれるようにスープの用意など城中が慌ただしくなる。
その様子にホッとした王子は、まずは自分の濡れた服だな、と思い自室に侍女を連れて向かおうとした時。
針を刺されたような視線を感じて、そちらを振り向いた。
そこには一人、面白くなさそうな、嫌な冷たい目をしたあの藍染がいた。
それに背筋を震わせた王子に、侍女は身体が冷えたのかと勘違いし自室へ促す。
藍染の目から逃れたかった王子は、侍女が促すまま足早にその場を立ち去った。
一瞬だけ、藍染をふり返ったが、そのときは既にすました目に戻り、他の誰かに話しかけていた。
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藍染サマ登場です。一言も喋っていませんが。
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07/07/13
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