人魚姫
京楽の喉は炎症を起こし、それが原因で声が出ないのだと医者が言った。
他は怪我もないし体調も悪くない。
少し歩くのに時間が掛かっているのは、長い間、海を漂っていた疲れだろうということになり、京楽はホッとする。
勿論、人間になったばかりだとは誰も思わなかった。
王子である泰虎は何故か京楽のことを気に入ったらしく、公務以外の時間はできるだけ京楽に会っていた。
泰虎の希望もあり、王は京楽の喉が癒えるまで滞在して良いと許可を出し、京楽はそれに甘えることにした。
最も、喉が治る可能性があるのか京楽にはわからない。なんたって人魚が人間になる為の薬の副作用だ。簡単に癒えるはずがないと京楽は思った。
京楽が目を覚まして二日目、京楽が食卓に案内されると一人の男が挨拶に来た。
「はじめまして、藍染と言います」
喋れない京楽はその男を見下ろしながら、眼鏡が光を反射して見えない目を見下ろした。
にこやかに挨拶されているのに、僅かばかりの殺気。
それだけではない。恐らく隠しているのだろうが、人間にはありえない、言わば禍々しい魔力のようなものをはっきりと京楽には確認できた。
この男は、人間ではない。
しかし、京楽もまだ完全な人間ではない。それを相手に悟られているのだろうかと思っていると泰虎が声を掛けてきた。
「藍染さん、京楽さんは喉を痛めていて喋れないんです。京楽さん、この人は俺があなたと同じように海に流されこの海岸に流れ着いた時に助けてくれたんだ」
泰虎の言葉に、京楽はあの影がこの人物だったのだと納得した。
やっかいな男に気付かせてしまったようだ。
「僕もこの国の人間ではないんだよ。暫く世話になっていてね。今後、よろしく」
そう言うと藍染は踵を返した。
京楽が泰虎を見ると泰虎は困った顔をし、京楽が見ていることに気付くとにこりと笑う。
それにつられて京楽もにこ、と笑った。
「食事が終わったら散歩しないか?あなたが打ち上げられた海岸は気持ちが良いんだ」
その提案に京楽は頷いた。
食事を終え、泰虎と京楽は海岸を散歩していた。
砂に足を取られがちな京楽に合わせ、泰虎はゆっくりと歩く。
海風は京楽に懐かしさをもたらしたが、横で笑う泰虎の笑顔がそれを上回った。
「京楽さんは、どうして流されたんだ?」
泰虎の質問に、京楽は海を見る。
君に会いたくて。
それすら言えない自分に少し哀しくなる。
遠い目をした京楽をどう思ったのか、泰虎はすみません、と言う。
慌てて京楽は首を振って否定した。
すると、泰虎は自分のことを話し始めた。
「俺は、外交のために海に出ていたのだが、嵐に遭っって。それで流されてここに戻って来れたのは奇跡だとみんな騒いでいる」
奇跡だったら、偶々外と世界に遊びに出いた自分と出会ったことだ、と京楽は思う。
勿論そんなことは伝えられない。
人魚とばれるわけにはいかない。
もどかしさと喉が治る可能性に京楽はどうになからないかなぁと口の中だけで呟く。
そのとき、京楽の背中に悪寒が走る。
思わずその振り向くと、城のどこからかだとわかる。
城からの距離はそこまでない、一体何なんだろうと目を凝らすと大きな窓にこちらを向いている人影が。
それは藍染だった。
暫く睨んでいると、泰虎もそれに気付いて京楽の腕を引っ張る。
「あの人に、あまり関わらない方が良い」
「?」
思わず眉を顰めた京楽に、泰虎は謝る。
「だれも、何も言わないけれど…俺はあの人が恐ろしい」
泰虎の言葉に京楽は首を傾げる。
確泰虎は城で藍染を邪険にした様子はなかったし、そもそも一応、京楽が連れてきたとはいえ、それを知らない泰虎にとって恩人の筈だ。
城で他の人間は藍染に対して好意的ですらあった。
そんな表情が出たのか、泰虎は珍しく溜め息を吐いた。
「あの人は、きっと…きっとよくないことを連れてくる。確証はない。けれど、あの人に見られると全てなくしてしまいそうになる。あの人はきっと……」
この城にとってよくない。
泰虎はそれだけ呟くと、何でもないような顔をして散歩を再開させた。
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藍染サマは一体……みたいな。
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07/10/04
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