人魚姫






泰虎と京楽が城に戻ると、入り口に大きな動物がいた。
あれはなんだろう、と京楽が泰虎を見る。

「ウチのペットだ。ライオンを知っているか?」

ライオン、聞いたことがないなと京楽は首を振った。
ペットが城外にいて大丈夫なのだろうか、と心配になるがその動物は門番の人間の横でくつろいでいた。
泰虎はそのライオンに近付いて優雅なたてがみを撫でる。

「コンというんだ。やんちゃだけど危なくはないから。ほら、京楽さんに挨拶は?」


泰虎が促すと、コンは大きな口を開き、地の底から響いてくるような低い声でがぅ、と唸った。
そのあまりの迫力に京楽は驚き、後退する。
海の中にあんな鳴き声を持つ生き物はいなかったのだ。
京楽が驚いているのを泰虎はくすくす笑い、コンの首のあたりを撫でた。

「コン、あまり出歩いちゃ危ないから城に戻ろうか」

コンは泰虎の後に続く。
それを見て京楽も慌てて追いかけた。
後ろから見ても大きな体格のその動物はどうやらとても泰虎に懐いているようだった。

「京楽さん、今からコンに餌をやるから中庭に行くんだけど、あなたも来るか?」

えさ。
こんなに大きな生き物は何を食べるのだろうと京楽は思う。
大人しいから、鯨みたいに小さなものを沢山食べるのかなと思い京楽は頷いた。








京楽は目の前の光景にただ呆然としていた。
先程まで大人しかったコンが食べているものは大きな肉の塊。

中庭はとても広かった。
草花もたくさんあったし、ベンチや何かの像、噴水などがあった。
その、少し開けた中央にコンと泰虎がいる。
京楽は危ないからと少し離れた位置に立っていた。
そこに、使用人が引きずるように持ってきた肉の塊。なにか、動物の死骸だというそのままの形をしていた。

にくしょく?

その塊を見た途端、コンは低く唸る。

「コン、待て」
「がう」
「よし」

泰虎が合図をすると、コンは勢いよく肉にかぶりついた。
顔が真っ赤になるのも当然のことだが気にせずに奥まで顔をつっこんだり、肉を食いちぎる為に首を振ったり。
泰虎はそれを満足そうに見ている。
そんないっそ残酷な様子を見たことがなかった京楽は、コンが見せた真っ赤な牙を見た瞬間。
情けなくも気を失ってしまった。















京楽が目が覚めると、与えられた部屋だった。
それを泰虎が心配げに見つめ、その横にコンが寄り添っていた。

「すまない。刺激が強すぎたか?」

泰虎の憔悴したような表情を見て、京楽は首を振った。
それから、そっとコンを撫でる。
どうやら食事中以外は大人しいらしく、コンは京楽の手を拒絶しなかった。
それを見て泰虎はほっと息を吐く。

「コンは、大事な友達なんだ。だから、あなたが嫌いにならなくて嬉しい」

京楽は起きあがり、もう大丈夫だという意を伝える。
コンも心配していたのか、ベッドから出した京楽の足に頭をこすりつけた。
ふわふわのたてがみが心地よく、京楽は確かにコンが泰虎の大事な友達なのだと理解する。

「コンもあなたが好きみたいだ。コンは好き嫌いが激しいんだけど、俺が京楽さんのこと好きだから、きっとコンも好きになると思っていた」

好き、と言われて京楽は目を丸くして泰虎を見た。
泰虎はそれに首を傾げる。

好きだななんて、出会ったばかりで得体の知らない自分に?
泰虎はお人好しなのだろうか。けれど、確か藍染にはいい顔をしていない。
ということは、泰虎はちゃんと人間性を見抜く力はある。

海で出会った時、彼は勿論覚えていないのだけれど。
京楽は泰虎がこんなにも優しい人間だと思わなかった。
逞しくて、その瞼の光はどんなに力強いのだろうとわくわくした。
けれど、実際の彼が放つ緑色のその瞳は優しく慈愛に満ちている。


一層泰虎に引かれていく自分に京楽は今までにない満足を覚え始めていた。

























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…コンちゃんは若い雄ライオンですっ!まんまっ。
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07/10/26